聞き手 池田 卓夫(音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®)https://www.iketakuhonpo.com/
ピエタリ・インキネンは「クレルヴォ交響曲」を語り出すと止まらない!
2023年4月28&29日の第749回はピエタリ・インキネンにとって日本フィル首席指揮者最後の東京定期演奏会に当たり、シベリウス初期の大作《クレルヴォ交響曲》を披露する。日本フィルのプログラムに上るのは創立指揮者の渡邉曉雄が1986年に演奏して以来、37年ぶり。ここ数年のインキネンは1974年の日本初演(オーケストラは東京都交響楽団)を担った渡邉に負けず劣らず、「《クレルヴォ》の伝道師」を自認し、世界各地のオーケストラと演奏してきたので、語りだすと止まらない。
「プラハ交響楽団とはチェコ初演を実現、ソウルのKBS交響楽団との韓国初演したばかりです。さらにミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団、ピッツバーグ交響楽団、ドイツのルートヴィヒスブルク音楽祭管弦楽団とも、《クレルヴォ》を演奏しました」
インキネンはなぜ、シベリウスの中でもメジャーとは言い難い初期(作品7)の《クレルヴォ》にこだわるのだろう? 5月の日本では演奏頻度に天地ほど差があるベートーヴェンの「交響曲第9番《合唱》」も指揮する。
「もちろん〝ダイク〟は傑作中の傑作、お客様の好みが集中するのも理解できます。《クレルヴォ》には格別の色彩感があり、フィンランドの指揮者として〝外交努力〟を重ね、より多くの皆様の耳にお届けしたいと強く思うのです。作品に問題点があるとすれば、血生臭く過酷なストーリー、主人公クレルヴォの強烈なキャラクターでしょうか。それでも運命に翻弄される兄と妹の姿に、誰もが胸を打たれます。ワーグナーに通じる例外的なパワーを備え、人間の本質に迫る意味深長な交響曲です。ベルリンの聴衆は、明らかにショックを受けていました」
日本フィルの定期ではソプラノをヨハンナ・ルサネン、バリトンをヴィッレ・ルサネンと実際の姉弟が担い、ヘルシンキ大学と東京音楽大学の男声合唱団が共演する。オペラ指揮者でもあるインキネンは、声楽パートにも強いこだわりを持つ。
「合唱にヘルシンキ大学男声合唱団が加わるのは心強いです。これまで、ソプラノには日本フィルでもおなじみのリリ・パーシキヴィをはじめ、モニカ・クローブらも起用、バリトンではヨルマ・ヒュンニネン、ユッカ・ラシライネンらワーグナー歌手とも頻繁に演奏してきました。今回は(作品では兄妹ですが)本物の姉弟というのも一つの売り物です」
かつて日本フィルにも客演、《クレルヴォ》初の全曲録音を実現したフィンランドの先輩指揮者、パーヴォ・ベルグルンドは管楽器を補強するなど、スコアに手を入れていた。インキネンが「私はオリジナルのまま、演奏します」と語る背景には、日本フィルの演奏能力も大きくかかわっている。
「2008年4月に最初に共演したとき、シベリウスの『交響詩《伝説(エン・サガ)》』独特の感触を日本フィルの皆さんが本当に楽しみながら弾いているのに、驚きました。フィンランド以外の場所でシベリウスを指揮して『アット・ホーム』だと感じたのは、初めての体験です。渡邉先生やベルグルンドさんの時代はシベリウスの普及も念頭に置いてスコアに手を入れ、かなりダイナミックに演奏されていたと思います。私が2013年に日本フィルとシベリウス・ツィクルスを行った際は繊細な色彩感を際立たせ、力みを取り除きながらオリジナル回帰に努めました」 「現在の日本フィルはよりソフトに演奏することができますし、サントリーホールの音響も抜群です。今回の方針は『more color and less power(さらなる色彩感を一層の脱力で)』であり、さらに繊細な音楽をつくりたいと思います」
コロナとの共生?が進み「お客様のいらっしゃる前で演奏できる〝健康〟のリアリティを実感しています」と語るインキネンが日本フィルと声楽チーム、客席と一体になって繰り広げる《クレルヴォ》の祭典に期待しよう。
首席指揮者ピエタリ・インキネン、ファイナル
第749回東京定期演奏会2023年4月28日 (金) 19:00、29日 (土) 14:00 サントリーホール
ソプラノ:ヨハンナ・ルサネン バリトン:ヴィッレ・ルサネン 男声合唱:ヘルシンキ大学男声合唱団、東京音楽大学
シベリウス:《クレルヴォ交響曲》※演奏時間約72分 休憩なし
第137回さいたま定期演奏会2023年5月19日 (金) 19:00ソニックシティ
ヴァイオリン:成田達輝
シベリウス:交響詩《フィンランディア》ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲シベリウス:交響曲第2番
第387回横浜定期演奏会 2023年5月20日 (土) 17:00 横浜みなとみらいホール第400回名曲コンサート 2023年5月21日 (日) 14:00 サントリーホール
ソプラノ:森谷真理 アルト:池田香織 テノール:宮里直樹 バリトン:大西宇宙 合唱:東京音楽大学
【ベートーヴェン・ツィクルスVol.6】シベリウス:交響詩《タピオラ》ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱》