インキネンのベートーヴェン・ツィクルス再開!スペシャルインタビュー

インキネンのベートーヴェン・ツィクルス再開!スペシャルインタビュー

聴き手:高坂はる香

 

—パンデミックの影響で中断されていたベートーヴェン・ツィクルスが、この4月に再開しますね。

 はい、新型コロナウイルス感染症によって阻まれていましたが、またプロジェクトの完結に向かって進んで行きます。渡邉暁雄(創立指揮者)さんの頃からの伝統にそってシベリウスの初期の作品も取り上げ、純フィンランド人として、初めてこのツィクルスを完走させたいと思います。
 日本フィルとのおつきあいも、もう13年になります。2年間会うことができず悲しかったですが、久しぶりの共演でも長く離れていた感じは全くなく、すぐに私たちのスタイルを取り戻すことができました。

 

 

 

 

 

 

—コロナ禍で自宅にいる時間が増え、クラシックを聴くようになった方もいるかと思います。今回の二つのベートーヴェン・プログラムについて、クラシック好きの方、初心者の方、それぞれどのようなことに期待してほしいですか?

 プログラムの一つは、第6番《田園》と第5番《運命》、もう一つはシベリウスの《エン・サガ》を冒頭に置き、第2番、第4番というものです。9つの交響曲には、ベートーヴェンの発展の要素がつまっていますから、1週間で作品の進歩を感じる、濃密な旅になると思います。作品を初めて聴く方にとって特別な機会になるのはもちろん、聴き慣れている方にとっても、どんな演奏が繰り広げられるのか、楽しみにしていただけると思います。というのも、すばらしい作品には解釈に広がりがあるからです。伝統的な方法をとることもできるし、クレイジーで新しいアイデアを模索することもできる。大きな編成によるロマン派的な解釈もある。私は好まないけれど、ピリオド奏法にこだわってヴィブラートを排除するという解釈もある。それぞれに可能性があります。

—なかでも第5番《運命》は、たくさんの歴史的な名演もあるマスターピースですが、インキネンさんの演奏はどのようなものになるのでしょうか。新しい解釈やオリジナリティなど、どんなことを目指しますか?

 同じように指揮をしても、オーケストラごとに違う音楽が聴こえてきますから、その意味では私の音楽はいつもオリジナルで新しいものです。ただ平たくいうなら、その瞬間、聴衆が自然であると思ってくれる音楽を目指していますね。それ以外の解釈はないと感じながら聴いてもらえることがゴールというか。もちろん、他の解釈の可能性があることは確かなのですけれど。そして、新しいこと、変わったことをすることが目的になってはいけません。そうしていると、作品が本来語っていることと別の音楽になってしまう恐れがあります。私は個人的にはそういう演奏は好きではありません。作品をリスペクトし、確信の持てる演奏をすることで、説得力が生まれると思います。はじめあんなにも絶望に打ちひしがれていたところから、最後、勝利を高らかに歌いあげるという展開に、衝撃的なドラマを見ることになるでしょう。

—すでに長いキャリアをお持ちですが、41歳はクラシック界、とくに指揮者としては若いとされる年齢かと思います。今の年齢だからこそできること、逆に難しいと感じることはありますか?

 指揮者にとっては、年齢というよりも、経験が重要な意味を持つと私は思います。その意味で、フィンランドの音楽家は大変若い頃から指揮者としての経験を積むことができるので、とても幸運です。私も今の年齢で、すでに約20年の経験があるのですから。そうしてキャリアを重ねるうち、あらゆることが消化され、私も変化していきます。それは、作曲家にもいえることですね。例えばシベリウスでいえば、10代で最初に書いたピチカートによるヴァイオリンとチェロための作品にすでに彼のDNAがあり、出世作には、世界に自分ができることを見せようという火花のようなものがある。そして最後の交響曲である第7番は、濃縮されていて、有機的なつながりをもった要素がつめこまれており、ハーモニー、メロディ、構造と、何一つ分けて考えることはできません。生涯を通じ、作品が変化を遂げてゆく。とても長い旅です。演奏家にも、進化を拒絶しない限りは同じことが起きるでしょう。私も年を重ねるごとに、自分の音楽が進化していたらと願っています。成熟することは必ずプラスになるはずです。でも確かに、作曲家が若く野心にあふれていた頃の作品などは、95歳のマエストロより、若い指揮者が演奏するほうが合っているかもしれませんけれどね!

—ベートーヴェンの交響曲には、9曲を通じて進歩してゆくさまが見られるというお話がありました。彼のそんな自らの前作を否定して次の交響曲に挑んでゆくところには、共感を覚えますか?

 ええ、いつも驚かされていますね。たとえば第3番《英雄》の革命的なところ。第5番の勝利のフィナーレに到達してゆく圧倒的な瞬間。まったく異なる風景があらわれる第6番《田園》。続く第7番は再び大きな作品ですから、それじゃあ次は何がくるのだろうと誰もが思うところに「たまにはおだやかな瞬間も必要だろう、ハッハッハ!」とばかりに、第8番がくる。まるでジョークです。そして偉大なる第9番の交響曲が最後を飾ります。彼にはユーモアもありますね。

—人生を通じて壮大なユーモアを生み出しているような。

 そうそう、その通りだと思います!その場で起きていることの中に、突然とてもウィットに富んだ仕掛けが出現するので、大きなコントラストが生まれるのです。驚きの瞬間が常にあるので、眠りに落ちる暇などありません。

—今度のプログラムでそういうユーモラスな瞬間はありますか?

 交響曲第2番の最後の部分は一つの例ですね! トリルが繰り返し出てくる部分について、ここはまるで調子が悪くてガスが溜まっている様子を表現しているようだという見解を読んだことがありますけれど(笑)。とても単純なジョークです。

—実際、それをイメージして演奏するのですか……?

 そういう見解を読むと忘れられなくなってしまって、最近はその要素を強調するようにしています(笑)。様式的に正しいだけの演奏は、今の私にはもう物足りないのです。初期の交響曲のような古典的な作品でも、以前より境界線を広げて考えるようにしています。特にマーラーの交響曲のような作品に取り組んでから古典派の作品に戻ると、新しいものを探究したいという気持ちが増すのです。

—ところで、ベートーヴェンはどのような人だったと思いますか。

 彼は、そうですね……一緒に出かけたら楽しい人だったと思います(笑)。彼の作品の初演をしたあとに出かけて“カンパイ”したら、とても愉快な時間になると思いますよ。夜が深くなるにつれて、話の内容もよりクレイジーになっていくでしょうね!ベートーヴェンの作品は、炎のようなエネルギーがあると同時に、統制がとれていて、オーケストレーションも完璧です。耳が聴こえないというのに、すべてがあるべきところにあって、非常に明瞭です。こういう天才は、例え作曲家になっていなくても、別の分野で人間社会に偉大な功績を残したと思います。

—インキネンさんはもともとヴァイオリニストでもありますが、指揮者としての活動に関心が移っていったのはどのようなきっかけからですか?

 これについては、フィンランドにとても優れたシステムがあることが大きく影響していると思います。私たちの学校では、とても若いうちから、演奏家としてのトレーニングの延長として交響曲などのスコアを勉強するプログラムが設けられています。そのため、ソリストもオーケストラ奏者もみんな、指揮者になることを目指すとか指揮科に転向するという感覚もなく、そういう勉強をする機会があります。音楽家としてできる限り完成された人になるための勉強の一つという位置付けです。それで、フィンランドからはコンスタントに若い指揮者が輩出されるのです。私も、指揮の勉強はしながらずっと自分のトリオなどでヴァイオリンを演奏していました。どこかでスイッチしたという感覚はなく、指揮者としての仕事が増え、だんだんとヴァイオリンを弾く時間が少なくなってしまった、という感じです。

—パンデミックでコンサートがなくなった時期に、新しく始めた趣味などはありますか? ご自宅にピザの窯があると伺いましたが。

 そうそう、テッパンヤキの道具もありますよ。料理のレパートリーはとても増えましたね。あと、マウンテンバイクでのサイクリングを始めました。住まいのあるスイスには美しい山があるので、最初のロックダウンのときには、何週間も山の中で過ごしました。もともと4歳からはじめたスキーが趣味でしたが、夏のスポーツという新しい趣味が見つかりました。少しスリリングだしハードだけれど、絶景も楽しめます。ただもちろんそれも数週間がたつともう十分で、今度はコンサートに戻りたくなるわけですが。サイクリングをしているうち、指揮者が抱える典型的な問題である背中の痛みも消えて、体にとってはとても良かったです。悪いことばかりではないロックダウンでした。 

—指揮の体の動きにとってもプラスの影響がありました?

 確かに、背中のトラブルがなくなったことで、より自由になれているかもしれません。そういうフィジカル面では、95歳のマエストロよりも、体が自由に動く私の年齢にアドバンテージがあるかもしれない(笑)。

—では最後にお聞きします。この社会の状況の中で、私たちはベートーヴェンの音楽から何を受け取ることができるでしょうか?

 交響曲第5番について、アーノンクールがこのようなことを話していました。「冒頭は変化のさなかに置かれた囚われの身のように感じるが、そこから囲いを打ち破っていく」。私たちはコロナ禍において、ある意味、囚われの身のような状況に置かれ、自由になりたいと願っています。そんな物語を音楽で感じていただけたらうれしいです。そして、これがやがて現実社会でも起きることを、私は願っています。

 

<公演情報>

第237回芸劇シリーズ
2022年4月17日 (日) 14時00分 東京芸術劇場

指揮:ピエタリ・インキネン[首席指揮者]
ベートーヴェン:交響曲第6番《田園》 ヘ長調 op.68
ベートーヴェン:交響曲第5番《運命》 ハ短調 op.67

第376回横浜定期演奏会
2022年4月23日 (土) 17時00分 ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:ピエタリ・インキネン[首席指揮者]
シベリウス:交響詩《エン・サガ》op.9
ベートーヴェン:交響曲第2番 ニ長調 op.36
ベートーヴェン:交響曲第4番 変ロ長調 op.60