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「被災地に音楽を」東北の夢プロジェクト2019シンポジウム レポート公開

2020.06.22

2019年度文化庁戦略的芸術文化創造推進事業
日本フィルハーモニー交響楽団「被災地に音楽を」
「音楽による東北地方の復興支援プロジェクト」
報告会&シンポジウム レポート

報告者 八木まどか


 日本フィルハーモニー交響楽団は、2011年6月より「被災地に音楽を」と題し、東北の被災地に楽団員が赴き、音楽を届ける事業を続けてきました。また、数年前より「被災地の様子を見てほしい」、「もっと芸術に触れたい」、「様子を発信してほしい」という参加者の声を受け、2019年「東北の夢プロジェクト」が立ちあがりました。本プロジェクトは、東北地方で音楽や伝統芸能に励む子どもたちの活躍と笑顔を紹介する「場」を作り、地域間の交流や新たな文化発信を通じた地域コミュニティの活性化を目指しています。日本フィルが9年にわたって継続する東北の被災地復興支援活動の一つの結実として、「東北の夢プロジェクト2019 楽しいオーケストラin岩手」を開催いたしました。今回のレポートでは、2020年2月に開催した事業報告会&シンポジウムの様子をご紹介いたします。

 

日本フィル「被災地に音楽を」「音楽による東北地方の復興支援プロジェクト」報告会&シンポジウム
2020年2月22日(日)14時 慶應義塾大学三田キャンパスG-Lab

東日本大震災からまもなく9年が経ち、被害の大きかった東北三県の沿岸部はそれぞれ異なる様相を呈してきています。私たちはこれまでの活動を通じて、文化芸術活動を通じたコミュニティの復興と活性化が、この地域の未来への鍵になると考えています。シンポジウムでは2019年度から3年にわたり、東北三県各地の状況を踏まえて、文化芸術活動のコミュニティへの影響や、芸術団体と地域コミュニティとの連携のあるべき姿について考えていきます。今回はその第一弾として、子どもたちと共に岩手県盛岡市で開催した「東北の夢プロジェクト」の報告と検証を踏まえて、これからの岩手県にとってどんな文化芸術活動が望まれるか、夢を持って語りました。

登壇者
坂田雄平(宮古市民文化会館館長補佐、プロデューサー) 佐藤允治(岩手県立宮古高校吹奏楽部顧問)
川村公司(岩手日報社常務取締役編集局長) 船場ひさお(岩手大学客員教授)
玉村雅敏(慶應義塾大学総合政策学部教授 SFC研究所 所長)
落合千華(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 研究員)
別府一樹(日本フィルハーモニー交響楽団 事務次長 兼 音楽の森 部長)
及川ひろか(日本フィルハーモニー交響楽団)
主催:文化庁/(公財)日本フィルハーモニー交響楽団
共催:慶應義塾大学SFC研究所(社会イノベーション・ラボ)

 

2019年度「被災地に音楽を」実施報告

 最初に日本フィルハーモニー交響楽団より、2019年8月盛岡で初めて開催した東北の夢プロジェクトならびに2011年より継続する岩手、宮城、福島沿岸部にてアンサンブルで実施した取り組みについて報告がありました。

 

■出演団体より ー 子どもたちの顔が変わった プロの音に触れる意義
 続いて東北の夢プロジェクトin岩手に出演した宮古高校吹奏楽部顧問の佐藤允治氏より、参加した生徒たちの様子を語ってもらいました。

出演打診をもらった当初、部員たちは「自分たちに務まるのか」「コンクールの練習と両立できるのか」といった不安が大きかったものの、前日に楽団員より直接指導を受け、生徒たちの演奏は驚くほど変わり、本番ではのびのびとした最高の演奏ができました。コンサート終了後、生徒たちからは「一緒に企画をしてみたい」「また共演したい」「生演奏をもっと聴きたい」という感動の声のほか、「家族が音楽に興味を持ってくれたことが嬉しかった」といった、前向きな変化の声も聞かれました。

「東北の夢プロジェクト」は、生徒たちに感動的な思い出を作っただけでなく、彼らの今後の文化活動へ大きな刺激を与えました。


佐藤允治氏

■調査研究報告 — 人々の音楽への欲求を引き出す
 慶應義塾大学SFC研究所の落合千華氏からは、東北の夢プロジェクトにおける調査研究報告をいただきました。

 調査で明らかになった、日本フィルが果たした役割とは「人と人の接点づくり」「地域の人々と協働者になること」「被災地の現状や文化の発信」です。また、今後の方向性は「晴れの舞台」で作った関係性を、地域の日常生活につなげていくこと。1回きりの、一方的に与えるイベントではなくより一層「地域の人々と一緒に作る舞台」を意識し、継続的なプロジェクトとし、コミュニケーションや関係性作りを重視していくべきだとの分析がありました。


落合千華氏

■ゲスト発表 — 地域内の関係性を編みなおす、市民劇
 ゲスト発表として、坂田雄平氏(宮古市民文化会館館長補佐、プロデューサー)より「宮古市の市民劇と震災後の文化施設の状況」をテーマに語っていただきました。

 宮古市には、40年前につくられた宮古市民文化会館がありましたが、東日本大震災により被災し、2014年に復旧を果たします。震災とその後の施設再建は「何のための文化施設なのか」「文化芸術が果たす役割とは何か」を考え直すきっかけになり、「人が集い、再びつながる場所としてコミュニティシアター」を目指し、「みやこ市民劇」のプロジェクトが2018年スタートします。劇団は約200名の市民で構成され、出演者はもちろん、脚本・演出・運営などもすべて市民自らの手で作られ、その感動的な質の高さにより、年々宮古市での影響力が増しているそうです。

 文化会館がなくなっても文化芸術が残ることが最終目標だと坂田さんは言い、市民自らが作る文化芸術が、震災のように一度壊れたコミュニティの再構築にいかに意義をもつかがわかりました。


坂田雄平氏

■ディスカッション ー 共有資源としての文化の場
 「文化芸術の“晴れ舞台”によるコミュニティ復興と活性化」をテーマとしてディスカッションが行われました。パネリストは坂田雄平氏(宮古市民文化会館館長補佐、プロデューサー)、川村公司氏(岩手日報常務取締役編集局長)、船場ひさお氏(岩手大学客員教授)、玉村雅敏氏(慶応義塾大学総合政策学部教授SFC研究所所長)、司会を別府一樹(日本フィルハーモニー交響楽団)が務めました。

—市民のポテンシャル、地域古来の文化を引き出すこと
 坂田氏が紹介した「みやこ市民劇」の事例から、文化が地域コミュニティに及ぼすパワーを改めて認識しました。
 これに対し坂田氏は、市民劇を立ち上げるまでのプロセスが最も難しかったと言います。「私には関係ない」と思う人が多かったものの、丁寧に市民を巻き込み、焦らず一つ一つのことに合意形成を取っていきました。当然、参加者どうしの意見衝突が起こることもありますが、粘り強く対話を続けたそうです。
 その結果、第1回目の公演では演者・観客の心が動く最高の晴れの舞台になり、市民劇はさらに波及していきます。このことから、「単発のイベント」ではなく「継続的なプロジェクト」として、劇団体制やプロセスの設計から、市民で一緒に進めることが大切だと坂田氏は指摘します。また、同じ場に様々な人が集うことで新たな連携や交流が自然と生まれます。そのため、「復興とは?」「人のつながりとは?」を再度みんなで考える機会になりました。
 一方、「東北の夢プロジェクト」、「みやこ市民劇」に共通するのは、もともと地元にある文化をステージに取り込んでいること。これを実現することができる、岩手県の文化の素地も興味深いものでした。坂田氏も、岩手県民の芸達者ぶりには驚くと言います。岩手県は職業芸術家が育ちにくい環境ではあるものの、「すべての市民が芸術家である」かのような、引き出しが多い人ばかりだと言います。
 川村氏は、東北地方独特の歴史観が影響しているのではないかとも指摘。村歌舞伎など見ていると、昔から市民が寄り添う場として芸術は作用してきたと思われます。
 このように独自の文化の土台がある場所に、オーケストラという異文化、また東京という異なる土地の人が訪れ、「晴れの舞台」のように「場」が丁寧に形成されれば、文化の化学変化が起こりうるといった発言が相次ぎました。

—子どもたちに何を見せるか
 今後も子どもたちが関わるプロジェクトであることの重要性を船場氏は指摘します。
 震災直後、首都圏から学生が沿岸部に多く来ていましたが、意外にも県内の内陸に住む若者は多くなかったそうです。しかし、沿岸部には大学がないので子どもたちが大学生を見た経験すらなく、震災後の人口流出の影響もあり、町に「お兄さん・お姉さん」の存在が日常的に少ない現状があります。つまり、沿岸部の子どもたちには、目標にすべきロールモデルをあまり持っていないのです。だからこそ、日本フィルの活動は「東京から来た人に与えられる活動」ではなく「彼らと私たちが一緒にやっている活動」という自分事化のプロセスが今後も重要です。また、子どもたちが笑顔になる機会を作るためなら、大人たちも積極的に動きます。そのため、子どもたちが自発的に関われるプロジェクトであり続けることは不可欠だと述べました。

① ② 

 

①別府一樹(日本フィルハーモニー交響楽団)と船場ひさお氏(岩手大学客員教授)
②2019年8月11日 宮古高校吹奏楽部
③2019年8月11日 大船渡北小学校郷土芸能部赤澤鎧剣舞

 

—東北内外から、人々のアクションを促していく
 活動を知った人に、いかに次のアクションを促せるかどうかもポイントだと、複数の登壇者から声が上がりました。「東北の夢プロジェクト」では、岩手日報や岩手銀行など地元の企業のサポートを得て、地元メディアによる事前PRも複数回行いました。また、第1回の実施で参加者の満足度が非常に高いコンテンツだとわかったので、今後も個人単位の声がけで新規参加者を増やすことは可能でしょう。ならば、「みやこ市民劇」のように、市民が自主的に深くコミットできる仕組み作りが次のステップとなります。
 その場合、「晴れ舞台」においては「ともに場を作ること」が重要で、ホスト・ゲストという関係性は不要かもしれないと日本フィルは考えています。玉村氏も、文化は誰かが更新し続けたものが残るため、市民みんなが自発的に参加できる仕組みがプロジェクトにも必要だと強調します。その時市民の心には、わくわくする内的な動機や、自分らしさを持ち続けることが必要とのこと。
 ただし、坂田氏が指摘するように、プロのオーケストラと接する機会が相当少ない地方都市にとって、指導者やお手本の存在は貴重です。プロと市民という距離感は保ちつつ、あくまでプロセスを一緒に歩むイメージかもしれません。

④ 


④2018年9月29日 岩手県宮古市 崎山貝塚縄文の森ミュージアムでのワークショップ Ⓒ平舘平
⑤2019年8月10日 宮古高校吹奏楽部への指導


—継続する仕組みをつくり、仲間を増やすため発信すること
 個人や一団体のモチベーション維持はもちろんですが、やはり一人踊りではなく、新しい仲間を増やし交流することが事業の発展に不可欠です。その時「ここで、こんな楽しいことをやっている」「こんな思いを持つ人々がいる」と知ってもらわなければ始まりません。震災のような悲しみの淵から立ち上がる時に「応援人口」が必要であり、またメディアの役割としてそれを増やしていくことが使命だと川村氏は語りましたが、応援を促すような、被災地域内外での効果的なPRはプロジェクトにおいても重要です。川村氏の主張のように、東京以外の都市はほぼ人口減の状況である現代日本において、東北で行うプロジェクトは他地域の未来も照らします。災害は各地で頻発し、コミュニティや生活が急激に変化するリスクは誰もが抱えています。その点で、東北以外の地域の人が「将来自らも経験するかもしれないこと」として関心を持つ要素は十分にあるはずです。
 また地方には、継続的なプロジェクトであるため必要な、調査・広報のプロや、情報を伝えるための方法・ノウハウ・機会・費用も潤沢ではありません。文化施設はアーティストや各分野のプロを呼ぶ装置になりうると坂田氏は主張。今後はさまざまな文化施設との連携も深めたいところです。

—視野を広げ、点から面のつながりへ
 来場者から「各地の施設・団体との関係性をどのように築いたか」と質問がありました。プロジェクト担当者からは、今までの日本フィルの活動では、被災者がいる現場を中心に訪問してきたため、公共施設や学校との結びつきは意外に少なかったという回答でした。また、その施設や行政にどのような人がいるかによってやり方が全く異なるので、結局は人との出会いで続けられたプロジェクトだと言います。坂田氏もコミュニケーションコストを解決できればプロジェクトは推進できると言います。一方、素晴らしい人材がいても、組織体制のために実現できないことも多々あるため、一人一人との丁寧な関係性づくりを土台にしつつ、組織的な巻き込みをより意識していく必要がありそうです。
 地方の人的リソースの縮小は間違いないため、人同士が助け合うしかありません。その時「自分のまちに誰がいるか」ではなく、外部に視野を広げることが必要だと、いずれの登壇者も頷きました。特に東北の沿岸部・内陸部における震災への温度差は広がるばかりですので、心を軽くして、面でつながっていくことの重要性が認識されました。

写真左から
坂田雄平氏(宮古市民文化会館館長補佐、プロデューサー)
川村公司氏(岩手日報社常務取締役編集局長)
玉村雅敏氏(慶應義塾大学総合政策学部教授 SFC研究所 所長)

 

■「人に寄りそう」オーケストラを続ける
 シンポジウムの最後に、日本フィルの平井俊邦理事長が挨拶を述べました。
 文化庁からの支援委託事業として実施している本事業ですが、震災から時間が経つほどに被災地域の事態は複雑化し、常に悩みながら続けてきたそうです。しかし、参加する楽団員は忙しいにもかかわらず「東北で演奏してよかった」と口々に言います。なぜなら、非常に苦しい状況を生きる人々が音楽を聴いてくれることで、逆に彼らから得られるものが非常に大きいからです。
被災地の人々の心の中も変わり「もっと外の人と交流したい」「芸術文化にもっと触れたい」「発信してほしい」という声が数年前から目立ち始め、癒しを求めるフェーズから、市民のより能動的なニーズを汲み取るべく日本フィルのアプローチは第2ステージに移ってきています。
 一方、オーケストラだからこそできる発信として、昨年のヨーロッパ公演時、東北の復興状況や被災地の子どもたちとの活動をパネルにして紹介しました。こうした世界への発信も重要ですし、東北の地元メディアの協力も引き続き不可欠だと考えています。
 また本事業は今後、「人と人」という「点」のつながりに加え、「地域と地域」という「面」の活動を深める方向です。地域コミュニティに音楽がどう役立つのか考え、具体的に、学校の文化活動(行事、部活、合唱祭など)や伝統芸能を引き出すための場を作れないかと構想したのが「東北の夢プロジェクト」でした。
オーケストラはあくまでコンテンツで、場を作ることが役割と述べる平井理事長。今後はたとえば、地元で実行委員会を作り、日本フィルが現地で一緒にステージつくる、といった形を思い描いています。
 このような目標を掲げ、日本フィルは世界を見据えつつ、昔からのカラーである「人に寄りそう」楽団であり続けていきたいと平井理事長は最後に思いを込めました。

⑥ ⑦ 
⑦⑧ Ⓒ平舘平

 

■結びに
 東日本大震災から9年が経過し、被災地の風景は、いま、より複雑さを増しています。復興住宅における高齢者の孤独死が相次ぐこと、子どもたちの成長に影響が出ていることを聞くにつけ、原因を一括りにはできないものの、「他者と出会い、安心して語り合う場」を見つけられたかどうかが、心の復興にとって鍵となるように思えます。なぜなら、人は他者との出会いによって自分を知り成長ができるからです。また、東北地方は昔から市民活動や祭りなどが根付いてきた土壌があり、ゆるやかな他者との関わりの中で静かに育まれた文化があるため、それが絶たれることは、人々の心に大きな影響を与えるのではないでしょうか。
 オーケストラは上質な音楽を聴かせ、観客を良い気分にさせるだけでは、その価値を十分に生かし切れないと感じました。美しい音色が聴こえる場所には人が集い、人が集えば他者と関り、他者と関われば、個人の心に眠る欲求が刺激され、新たなアクションにつながるのは、思えば自然なことかもしれません。少しの工夫で、「場」の見え方や人の集まり方は変わります。たとえば、関東に住む人と日本フィルが一緒に東北に行き、現地を旅行したり人々と交流したりし、SNS等で紹介すれば、地域の現状・本事業の発信が同時にでき、新たなつながりが生まれるでしょう。日本フィルの経験値を生かし、支援だけでなく、地域の文化をより生き生きとさせるプロジェクトが進められることを期待しています。


写真 山口敦
2019年8月11日東北の夢プロジェクト/2020年2月22日シンポジウム

 

 


日本フィル「被災地に音楽を」は、三菱UFJニコス株式会社の協力を得て行っています。