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『音楽の友』8月号/特集「シン・ブルオタ入門2024」に掲載されたカーチュン・ウォン[首席指揮者]のインタビュー公開

2024.08.30

日本フィルとの次なる挑戦
カーチュン・ウォン(指揮)のブルックナー

マーラー演奏で定評あるカーチュン・ウォンが、首席指揮者を務める日本フィルハーモニー交響楽団(日本フィル)では初めてとなるブルックナーを振る。しかも「交響曲第9番」。話題性、注目度の高い公演だけに様々な憶測や期待が飛び交うなか、話を聞く機会を得た。

取材・文=齋藤弘美

トレンドを追うのではなく、ブルックナーの“伝統的な演奏”を探求したい
指揮者・カーチュン・ウォンの原点は管楽器。小学生でコルネット、中学生からトランペットを吹いている。ブルックナーをトランペットのレッスンで持っていっていたエピソードも興味深い Ⓒ山口敦

マーラー演奏が話題!

期待高まるブルックナー「第9番」

──今年5月の日本フィルとのマーラー「交響曲第9番」はとてもすばらしいものでした。この「第9番」にはマーラーの死生観が色濃く出ていると思いますが、今回の日本フィルとの初ブルックナー、いきなり「第9番」を選ばれた理由や動機についてお聞きします。

「もちろんブルックナー生誕200周年ということがありますが、日本フィルとのマーラーは『交響曲第3番』から始まり、この作品が私達の創造の原点となりました。そこからぐっとハンドルを切りマーラー『第9番』へゆき、ブルックナー『第9番』へときました。2作は同じような死生観を持っていますし、マーラーとブルックナーはウィーンで活躍していろいろな面で近しい関係にありました。今年9月のブルックナー『第9番』のあとにはマーラー『交響曲第2番《復活》』を控えています(註:2025年3月)。長い目で見れば“人生の中での山あり谷あり”、様々な作曲家、作品によって私たちの演奏がどのような意味をもたらすことができるのか。そういうところをお見せしたいと思いました」

マーラーとブルックナーオーケストレーションの違い

──マーラーとブルックナーのオーケストレーションの違いについて。たとえばマーラー「第9番」は4管編成ですが、ブルックナー「第9番」は3管編成でしかもワーグナー・テューバを使っています。二人のオーケストレーションにはかなり違いがあると思うのですが、そこから生まれる音響世界の違いをどのように捉えておられますか。

「この二人というのはまったく違う人間であり、作曲家としてもまったく別のアーティストです。ブルックナーはオルガン奏者であったということが大きいと思います。彼の作品のなかでは、音楽というものを大きなサウンドマスのブロックのかたちとして捉えていることが多いです。これは彼のオーケストレーションのなかで明確に聴こえてくるでしょう。そして3管編成を用いるというのは、1850年代、19世紀の半ばではもう標準でしたし、ワーグナー・テューバというのも、ワーグナーが彼のオペラのなかで非常に力強い音を求め始めていた時代に出来たものです。ブルックナー『第9番』は、実際に楽譜でオーケストレーションを見てみると、決して特別なものではありません。例外としてワーグナー・テューバを使っていますが、この楽器は彼の初期作品でも使われています。それに比べるとマーラー『第9番』はどちらかというと交響曲作家、指揮者としての観点から音楽をとらえていると思います。彼にとって〝作曲家〟の仕事は主ではなく、どちらかというと趣味の領域だったのでしょう。彼はウィーンやニューヨークなど世界中のオーケストラを指揮していました。夏の2カ月だけが、山小屋に入って作曲ができる期間だったのです。最初に歌曲、そしてオーケストラ、それから声楽を使うような大きな作品を取り扱うようになります。つねにマーラーは交響曲という観点から作曲を捉えていますし、彼の音のパレットというのはオーケストラのシンフォニーの音だったのです。二人の違いは、片方はオルガン奏者、片方は指揮者という観点で作曲をしている点だと思います」

歴史的音源から哲学を吸収しホールを教会のような音空間に

──日本フィルとは今回が初めてのブルックナー演奏になりますが、いちばん興味を持っているのはどんなところでしょう。

「私がいちばん興味を持っているのは、この作品のクラシックな部分です。クラシックといっても古典派やロマン派のあの『古典』ではなくて、古き〝演奏の伝統〟のことです。21世紀になると新しい演奏法に目が向いてきます。新しいベートーヴェン演奏──ガット弦を使ったりヴィブラートなしだったりオープン弦を使ったり──、ブラームスもそうですよね? いまの演奏トレンドは、より新しく、速く軽くという傾向があります。これはブルックナーでも同じことがいえ、演奏はより軽くなってきています。いわゆる重くて暗い演奏がだんだん流行りではなくなってきているのです。私がブルックナーに恋をしたのは若いとき。トランペット奏者としてレッスンを受けるときは、必ずブルックナーの抜粋を持っていきました。フォルテ、フォルティッシモの音を出せますので、とにかくブラス奏者はブルックナーが大好きなのです。演奏するのを〝夢〟に思っているぐらい(笑)。私は昔のレコードを聴いて育ちました。オイゲン・ヨッフムやセルジュ・チェリビダッケなど、みんなまったく違いますがどれもすばらしい演奏です。なので今年9月の公演では、〝伝統的な演奏〟を探求するのを楽しみにしています。とくに日本フィルは伝統を大切にするオーケストラですし、そういう意味でも非常に相性がよいと思います。そしてそれは私たちにとっても、またおいでになるお客様にとってもすばらしい経験になるでしょう。もう一つ付け加えますと、私はカルロ・マリア・ジュリーニのブルックナー『第9番』の録音が大好きなのですが、驚くほどにチェリビダッケの演奏とは対照的です。チェリビダッケはどんどんゆっくりになっていき、普段は60 分以内で終わる3楽章ヴァージョンというのが確か80分ぐらいになっているんですよね。私はこのような“哲学”に対しても非常に興味を持っています。こうした音の世界をサントリーホールでどう実現するか──日本フィルとともにサントリーホールを音楽ホールではなくて、教会のような場所、音の空間にしたいのです。それが今回のミッションだと思っています」

50年の道のりの第一歩

「私はブルックナーに魅了されてからしばらく経ち、何度かヨーロッパでも指揮しています。ですが、ブルックナーの指揮というのは現在がスタート地点であり、これからの道のりの第一歩だと思っています。50年経っても、私はブルックナーという作曲家とともに歩んでいきたい。そのころマーラーの『第8番』、『第7番』、『第3番』を容易に振れるかどうかわかりません。しかしブルックナーの『第9番』、『第4番』、『第5番』は経験によって、もっとなめらかに演奏できるようになっているのではと期待しています」

 なお今回の日本フィルとのブルックナー「交響曲第9番」に際しては、ハレ管弦楽団の若きコンサートマスターであるロベルト・ルイージを招くことが決まっている。ウォンによればルイージは〝コンサートマスターになるために生まれてきたような音楽家〟ということで期待も高まる。さらに、この9月公演では伝統的な3楽章ヴァージョンで演奏するが、翌月の10月にはマンチェスターで、ハレ管弦楽団と4楽章ヴァージョンで演奏することになっているということである。

音楽之友社 月刊誌『音楽の友』8月号/特集「シン・ブルオタ入門2024」

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