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ピエタリ·インキネン記者会見 ~ヨーロッパ公演報告・次シーズンに向けて

2019.06.14

ピエタリ·インキネン記者会見レポート

2019年6月6日(木) 杉並公会堂グランサロン

登壇者

ピエタリ・インキネン(首席指揮者)
平井俊邦(理事長)
益滿行裕(企画制作部部長)
蔵原順子(通訳)

 

1 第6回ヨーロッパ公演について

理事長平井俊邦(以下平井):今回のヨーロッパ公演は13年ぶりで、財政状況が厳しい日本フィルにとっては非常に高いハードルでありました。なんとか実現したいと思っていましたが、ようやくそれが実ったというところです。そしてこの公演は多くの人たちの支援によって出来上がったツアーでした。

毎日環境も響きも異なるホールを経験して、体力的精神的にも、音楽面にもタフさが日本フィルに出てきたのではないかと思っています。また、様々なホールにおいて、最善の響きを、と追い求める指揮者と楽員で自然と日本フィルのサウンドが芳醇なものに磨き上げられていったように思います。目に見えない効果が、帰国して行った東京定期演奏会ではっきりと認識されたこと、これは我々にとっても、大きな驚きであるとともに喜びです。ホールで鳴り響いたある意味での力が抜けたナチュラルなサウンドというのは、インキネンが追い求めてきたあり方であり、彼と作り上げてきた成果の一つだったと思います。

今回のツアーでフィンランド公演は、もともとは計画の中には入っていないものでした。これを実現できたのは、自ら行動し、プロデュースしたピエタリ・インキネンの努力の結果です。渡邉曉雄さん生誕100年に、フィンランド出身の首席指揮者ピエタリ・インキネンと共に初めてフィンランドに行き、日本フィルのシベリウスを本場の方々にお聴きいただけたという点でも、このフィンランド公演は本当に大きな意味を持ちました。ヘルシンキでは、前大統領はじめ、多くの政府要人にもお越しいただきました。コウヴォラも市制10年の周年行事で市を挙げて招いていただき、市長、議長をはじめ多くの方々に参加いただきました。

コウヴォラでは地元の小学生と先生80人を集めて、ワークショップを行いました。コウヴォラにはまだ雪が残っていたのですが、春を迎えるにあたって、みんながどのような気持ちで迎えるか、ということを考えつつ、ユーミンの「春よ来い」を歌い、最後にはヴィヴァルディの「四季」で春を、どんな小鳥たちが出てくるか考えていく内容でした。また、我々の「被災地に音楽を」の活動そして被災地の復興状況をパネルにして全会場で展示いたしました。このような音楽を通した文化の交流は、外交的な意味を含めて大きく花が開いたのではないかと思っています。

ツアーの間に楽団は成長していく、そして指揮者と楽団の間が狭まってきてよい音楽ができる。いろいろなことがありますけれども、最後にはいいものを作るんだ、と集中するこの芸術家の素晴らしさ。これを一緒に体験できたのは、個人的に大変うれしかったです。

厳しい日程を選択しなければ実現できなかったツアーですが、指揮者と楽員が見事に乗り越え完成させたこの成果、この経験は世代交代が進む日本フィルにとって、大きな財産になったと思っております。

 

企画制作部長益滿行裕(以下益満):今回のツアーは、日本・フィンランド外交関係樹立100周年記念、日本とオーストリアとの関係も150周年、日本とイギリスの文化季間というのもあり、いろいろな記念が重なったものでした。また非常にハードなスケジュールではありましたが、アーティスト、ステージスタッフ、事務方にとっても非常に大きな経験になりましたし、今後の日本フィルが活動していくうえでも大きな糧になったと思います。重ねて共演したソリストの方々をご説明させていただきます。チェリストのシェク=カネー・メイソンさん。彼はロイヤル・ウェディングで演奏し、その映像が流れて、現地で非常に高い人気を誇っていました。間違いなくこれからのライジング・スターだと思います。またピアニストのジョナサン・ビスさんは、非常に素敵なアプローチで、古楽的なアプローチもいとわない形のベートーヴェンを披露してくれました。最終日のエディンバラ公演はジョン・リルさん(かつては尾高先生とラフマニノフの協奏曲を録音しているような大家ですけれども、)と一緒に演奏しましたし、東京定期にも来ていただきました。非常に滋味あふれる演奏を繰り広げてくださいました。

今回のヨーロッパツアーの大きな特徴としては、どの会場にも、日本人だけではなく、現地の方々に非常にたくさんのお客様にお越しいただきました。

 

首席指揮者ピエタリ・インキネン(以下インキネン):皆さん、こんにちは。本日は大勢お集まりいただきありがとうございます。平井理事長のお話にもありましたように、日ごろから私たちを支援してくださっている皆様に、こうしてお集まりいただけていることは大変光栄です。私からもまずはなによりも今回のヨーロッパ公演の実現に向けて多大なるご支援をいただきました法人及び個人の皆様に心から感謝申し上げたいと思います。そして同じぐらいの感謝の気持ちを個人的に平井さんにお伝えしたいと思います。平井さんのご尽力なくしては、このツアーは実現できませんでした。

この2019年4月というのは私と日本フィルとが一緒に仕事をしてから最も密度の濃い、もっとも集中した1か月間であったといえます。今回ヨーロッパ公演で演奏した作品というのは、多少偶然が手伝ってのこともありますが、私が11年前にこのオーケストラと初めて一緒に演奏会を行った時と重なるものが沢山ありました。チャイコフスキーの4番。シベリウスの作品を演奏したのも、なにか出会いの時を思い出すような、縁を感じるプログラムでした。

また、スケジュール的には非常にハードでした。毎日のように移動してそのまま演奏というようなことが繰り返されました。しかしこの厳しいスケジュールの中、全員が集中して献身的なまでに毎日のように新しい環境、新しいホールと向き合い、そしてお客様に真摯に向き合うという素晴らしい姿勢で本番に臨んでくれました。まさにチーム一丸となって新しい状況に対してエネルギーを注力して向き合っていきました。共通の課題に向き合うことによって私たちの結びつきはより一層に強くなったと確信しています。

フィンランド公演について

当初フィンランド公演が一度予定されていたのが、一回撤回されました。私も非常に残念に思い、どうしてもフィンランドで演奏したいと思って、奔走した結果、幸いにも予定が復活してヘルシンキと、何よりも私の故郷であるコウヴォラ市での演奏が決まりました。コウヴォラでの演奏は唯一無二の素晴らしい機会となり、お客様もそれが特別なことであることを理解し、感じてくださったと思います。皆様から頂いた暖かい拍手や、市民にとって非常に素晴らしい機会であったということ、そしてコウヴォラの皆さんが感謝をしているということが伝わった素晴らしいコンサートとなりました。

もちろん日本フィルの歴史にとってもフィンランドで演奏会ができたというのは、とても大きな意味があります。渡邉先生のもとで日本フィルが歴史を刻み始めた時からシベリウスの2番とともにあったオーケストラですから。ようやく日本フィルの歴史にフィンランドで公演、という一章が刻まれることになったわけです。個人的にもフィンランドでの公演というのは、日本フィルとの様々な共演の中でもハイライトの一つといってもいいコンサートになりました。

 

響きの変化

ウィーンのムジークフェラインという会場はどんな場合においても、特別であることは間違いありません。メンバーにとってもムジークフェラインという会場が自分たちに与えてくれるもの、そしてそれがオーケストラをどのように変えるか、という経験ができたことは本当に貴重な財産だと思っています。あそこで鳴り響く1音目からしても夢のようで、そこから響きがどのように発展していくかということを体験すると、それは二度と忘れられない素晴らしい体験になります。ずっと耳に残っていて、そこで体験したクオリティをその先も必ず維持しようという気持ちにさせられます。このあと例えばあまり音響がよくない会場にいったとしても、あの時のクオリティを探し求めようという気持ちが沸き起こります。一度体験したムジークフェラインの響きというのは決して忘れることはありません。これをメンバーの皆さんと一緒に体験できたのは非常に重要なことでしたし、とりわけ若いメンバーにとってはあの会場で演奏できたことは、今後にとっても素晴らしい体験になったと思います。

非常に興味深かったのは、帰国して凱旋コンサートのためにサントリーホールに行った時のことです。サントリーホールももちろん素晴らしい音響のホールですが、ツアーの後だと、なんだかいつもと違う響きがする、という非常に不思議な感情を抱き、それが私だけでなく、メンバーも同じような気持ちを抱いたというのが私たちにもサプライズでした。だってサントリーホールが1か月で変わるわけがないので、変わったのは私たちの響きだったということなんですよね。

 

ツアーを行う意義

このようなツアーをすることのもう一つの大きな意味というのは、非常に密な時間を一緒に過ごす、という点にあります。沢山話をしたり、時々一緒に飲んだり、一緒にお祝いをしたり、という時間を持てたというのがとても大切な意味を持っていると私は思いました。通常の共演の時のスケジュールとは違う時間の過ごし方をしていますのでチーム精神のようなものが育っていくわけです。そういう意味においても、ツアーをするということはオーケストラの成長にとって、指揮者とオーケストラの関係にとって大変に重要であると意識した数週間でした。そして音楽的にも信頼関係の構築にこのようなツアーは大変大きく貢献します。たくさんのコンサートで同じプログラムを繰り返し演奏するわけですから、毎日のように違う環境で同じプログラムをやるからこそできる様々な試みがあります。音楽的にツアーの間に発展する可能性もありますし、また新しいことを試みるのも割と自然発生的に、思い付きでやってみることもできる。それはやはり同じ時間を過ごす間に信頼関係が深まっているからこそできることでもあります。

改めて今回のツアーのためにご尽力いただいたお一人お一人に心から感謝したいと思います。素晴らしいオーガナイズをしてくださったおかげで、このツアーは非常に素晴らしい、そしてスムーズに進行する素晴らしい時間となりました。

 

2 2019/2020シーズンについて

インキネン:ベートーヴェンの生誕250年を少し先取りして、交響曲をツィクルスで演奏いたします。日本フィルでは定期演奏会ではずいぶん長いことベートーヴェンのツィクルスをやっていない、そしてこれまで私たちはフィンランドに始まり、マーラーといったドイツ・オーストリアといった幅広いレパートリーを辿る旅を続けてきましたが、ここでベートーヴェンの全曲に着手するちょうどよい時期ではないかと思い、全曲を演奏することに決めました。

合わせてベートーヴェンのピアノ協奏曲も素晴らしいソリストを2人お迎えし演奏することになっています。ヴォロディンとメルニコフです。今回のヨーロッパ公演でも2人のソリストとベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番を演奏しましたが、とても良い経験になったと思います。個性の異なるソリストが同じ曲を弾くわけですが、オーケストラがいかに素早く、柔軟に順応するか、非常に繊細にスタイルの違うソリストに合わせて対応できるかということも今回のツアーで身に着けてきたことですので、ベートーヴェン・ツィクルスの中でお迎えする二人のソリストとの共演においても同じような順応性を発揮すると思っています。

今回のツアーは私たちにとって自信のあるレパートリーで臨んだわけですけれども、だからこそ基礎となるクオリティをさらに発展させてさらに磨くことができたのだと思っています。間違いなくオーケストラとしての自己意識が高まったと確信していますし、とりわけシベリウスの2番においては新たな高みに、高い水準に達することができたと自負しています。その強い自己意識をもって、来るベートーヴェン・ツィクルスに臨んでいきます。

また、ベートーヴェンと並んでドヴォルジャークの作品、とりわけめったに演奏される機会のない序曲を中心に組み合わせて取り上げることにしました。私が何年にもわたってプラハ交響楽団と共演していることから、チェコのレパートリーとの結びつきが深くなったということ、個人的にも非常に素晴らしい作品だと思っていること、そして私が首席を務めているドイツ放送響との今録音を進めているところですので、このレパートリーを日本フィルとも取り上げたいと思いました。

私自身、日本フィルとの演奏を楽しみにしていますので、ともに音楽の旅を続けていただければ大変うれしく思います。

 

益満:モダン・オーケストラとしてできる今のベートーヴェンというものをナチュラルな形で提示したいと思っています。マエストロからでた言葉の1つで「Trust Music」という言葉がありました。これは音楽そのものを信じようということと、また楽譜そのものを信じようという意味があると思うのですが、斬新な解釈で、ということではなく、今までお聴きいただいたシベリウスやワーグナーのようにナチュラルな解釈のもとで、マエストロの今のベートーヴェンをご披露できればと思います。また、ドヴォルジャークとともにマルティヌー、チェコの作曲家の普段やらない曲もやることになっています。ご存知の通り、日本フィルは、古くはスメターチェクさん、ビェロフラーヴェクさん、といったチェコの指揮者とご一緒できた歴史もあります。ご注目いただければと思います。

 

3 質疑応答

―日本フィルは、ベートーヴェン・ツィクルスを以前いつやっていますか。

益滿:直近だと、杉並公会堂で小林マエストロとやっています。その前は渡邉先生(1982年)と、ツィクルスとは言っていなかったようですが、結果的には全曲やっているということがありました。

 

―3年前にマエストロをインタビューしたときに、ドイツ・ロマン派の色合いをもっと日本フィルに着けたい、とおっしゃっていたのですが、今度ベートーヴェンの時にはどのような色を日本フィルに着けたいと思っているのかを教えてください。

インキネン:どんな響きを目指すのか、ということだと思いますが、この先一緒に演奏していく中で初めて経験していくことになるのだと思っています。どのオーケストラにもそのオーケストラのDNA、特有のアイデンティティというものがあります。日本フィルの場合は、非常に明るくて繊細な響きですが、その部分が変わることはありません。さらに今回のツアーで大きな強みを持つようになったと思っています。それは音楽面でのお互いの信頼ですが、その信頼に根差した形で今後の演奏というものが発展していくのだと思っていますし、それがベートーヴェン・ツィクルスにおいてもいかんなく発揮されると私は信じています。間違いなく、怖れを知らず、エネルギーに満ちた方向に向かう、といったことになるでしょう。

 

―今回ベートーヴェンでコリオランとかレオノーレが企画されていないのには何か理由があるのでしょうか?

インキネン:残念ながらプログラムに何でもかんでも無限に組込むわけにはいきません。もちろん2年間で全て序曲も含めて全て演奏するということもできなくはないですが、単純にそうではない、ドヴォルジャークの珍しい曲、チェコのレパートリーを組み合わせたほうがプログラムとして面白くなるだろうということで決めました。

 

―ベートーヴェンの作品にはエネルギーやメッセージ性というものが込められていて、たまたまのタイミングではあるとはいえ、やはり今の現代社会でおいてツィクルスを演奏するということは、何らかのメッセージもあるのではないかと勝手に推測しています。マエストロとしてこの時代にツィクルスを演奏することによって何か発信したい思いというものはありますか。

インキネン:ベートーヴェンの作品から得られるイメージというのは、多少ステレオタイプ的なものもあると思います。でもそこに真実があるからこそ、ずっとステレオタイプとして流布するわけですね。間違いなくベートーヴェンの作品には、どんな背景でも人を一つにするというようなメッセージ性がありますし、それは普遍的のものだと思います。また今のような時代にあって、より一層重要なテーマであることも間違いありません。だからこそ私たちはこの曲に立ち戻るべきだと思いますし、決して忘れてはならないと思います。ここにいらっしゃる皆様はおそらくベートーヴェンの交響曲9曲を大変よく知っていらっしゃるでしょうし、何度も聞いたことがあると思います。それでも世の中には、あんなに有名な曲、誰もが知っている曲であってもベートーヴェンの交響曲第5番を生で一度も聴いたことがない人がたくさんいます。確かにカルト的なイメージが付きまとう曲ではあるかもしれない。それでもベートーヴェンの曲というのはいつの時代においてもアクチュアルなものであり続けると思っています。ですからベートーヴェンの作品を演奏するというのは、決して通の方、もうベートーヴェンをよく知っていてまた聴きたいと思っている方のためだけではなく、私たちは常に新しい世代、新しい聴衆の皆様のために演奏するのだという意識をもって演奏に臨みたいと思っています。

写真:山口敦

第6回ヨーロッパ公演報告書(PDF)

ベートーヴェン・ツィクルス(PDF)

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