私たち日本フィルは、コンサートホールで音楽を演奏するだけでなく、音楽の持つちからを活用したエデュケーション・プログラムの開発と推進に取り組んでいます。
1990年代末に始まったこの流れは、当時イギリスですでに実践されていた方法にヒントを得るため、楽団員をロンドンに派遣したことが一つの転換点となりました。オーケストラや演劇団体などロンドン周辺の複数の芸術団体で日々行われているエデュケーション・プログラムに触れ、見識を深めたのです。
その後、元ロンドン交響楽団ヴァイオリン奏者で英国ロイヤル・オペラ・ハウス教育部長を務めたマイケル・スペンサー氏を招いて活動を本格化。2014年からはスペンサー氏を日本フィルのコミュニケーション・ディレクターとして迎え、教育・地域活動の分野でさらに活動の場が拡がっています。
エデュケーション・プログラムやコミュニケーション・プログラムは、どのような形で進められるのでしょう?そのアプローチ方法はさまざまですが、私たちが実績を重ねてきた方法のひとつに「音楽創造ワークショップ」というものがあります。たとえばある作品をテーマにする時、まずその作品を徹底的に分析し、作品の理解に重要な要素を選り分けます。音楽的な要素、作品の制作背景や当時の時代状況はもちろん、基になる精神世界、描かれた時代の風俗や慣習に至るまで分析の対象は広がります。入念なリサーチに基づいて分解されそぎ落とされた作品のエッセンスを学び、作曲家がたどった創作のプロセスを追体験することで体験的に作品を理解するのです。
コンサートホールで音楽を聴く時、もっとこの作品のことを深く知りたいと感じませんか?音楽の魅力はどこから来るか、知りたいと思いませんか?
そんな知的探求心に応えるのが、私たちの提供するプログラムなのです。
一方で、オーケストラのコンサートにまだ足を運んだことのない人々にもこのプログラムは有益です。「オーケストラのコンサートを聴く」という壮大な体験はさて置いて、先入観無しに、音楽のエッセンスを体験し本質的な魅力を味わうことができるのです。小学生、時にはもっと幼い子どもたちでも、リズムなどの音楽の本質的な魅力を体験的に理解し、作品世界への扉を開く手助けをすることができます。このような体験型の音楽創造ワークショップの手法は、現代において、多様性への理解、創造性、協働力、直感力といった能力を育む学びの場として注目されています。
―音楽による教育分野の専門家とともに―
2014年、日本フィルは英国を中心に世界的に活躍する音楽家でありファシリテーターのマイケル・スペンサー氏をコミュニケーション・ディレクターに迎えました。1999年からはじまった彼との教育・地域分野での協働事業は20年以上の実績を重ね、コロナ禍においてもその関係性は新しい方法を開発しながら精力的に続いています。日本フィルは社会に開かれたオーケストラとして、外部の専門家とともに音楽の力をより広く社会に活用すべく、チャレンジを続けています。
ロンドン交響楽団ヴァイオリニストを経て、英国ロイヤルオペラハウス (ロンドン ・コヴェントガーデン) の教育部長に就任し、アーツ・エデュケーションのリーダーとして、ヨーロッパ、アジア、アメリカ、アフリカ各国の表現芸術団体、アート・ギャラリーや主要会場でアドバイザーおよびプログラム・ディレクターとして功績を残している。日本でも社団法人日本オーケストラ連盟・文化庁後援により、24のプロオーケストラと各地で教育プログラムを実施。2006年皇后陛下ご臨席のもと、紀尾井ホールにてワークショップ型コンサート開催。2008年には、教育ディレクターを務めた『ピーターと狼』がアカデミー賞(短編アニメ部門)を受賞した。現在日本においては、日本フィルとの活動のほか上野学園大学客員教授および音楽文化研究センター客員研究員、多摩大学大学院グローバル・フェロー、東京大学客員教員を務める。
コミュニケーション・ディレクター 就任にあたって
音楽家であることの発展形として
日本フィルにはエデュケーション・プログラム(教育活動)とリージョナル・アクティビティ(地域活動)を専門に担う部署「音楽の森」があり、自治体、学校、企業、美術館など多岐にわたるパートナーとともに年間230回ものコンサートやワークショップ、クリニック(楽器指導)を行っています。日本フィルの楽団員は、それぞれの特性や音楽家としての資質を活かし、しばしばワークショップのファシリテーターとしての役割を担います。演奏家としての専門技術に加え、コミュニケーション・ディレクターのマイケル・スペンサー氏のもとでファシリテーターとしての様々なスキルをみがき、ワークショップや対話型コンサートなど先進的なプログラムを開発・実践しています。ワークショップの場で出会う人々は、彼らの演奏に魅了されるだけでなく、音楽家としての見識の深さや人間的な魅力に触れ、体験を共にすることで自らの知的好奇心をおおいに刺激されることとなります。これらの活動は、楽団員の音楽家としての総合的な資質を高めることにも良い影響を与えています。
日本フィルの東京・横浜定期演奏会でとりあげる作品を軸に、作品の世界により深く切り込み、知的好奇心を喚起するシリーズ「オケのテイキは、おもしろい」。2014年からマイケル・スペンサーとともに開催してきました。
◆2016年4月東京定期演奏会《惑う惑星》◆2016年4月横浜定期演奏会《FANTASTIC!》
◆2015年4月横浜定期演奏会「どうしてシベリウスはシベリウスのように聴こえるの?」と題し、シベリウス作品の“らしさ”がどこから生まれてくるのかを探求し、体験したワークショップになりました。
<シベリウス> レポートはこちら
◆2014年9月東京定期演奏会2014年9月東京定期のための「オケのテイキは、おもしろい」は子どもを対象に、リヒャルト・シュトラウス《ドン・キホーテ》をテーマにしたワークショップを、杉並区立天沼小学校で開催しました。
《ドン・キホーテ》 レポートはこちら
◆2014年6月東京定期演奏会 《夜の騎行と日の出》 レポートはこちら◆2014年5月東京定期演奏会 《ダフニスとクロエ》 レポートはこちら
―日本フィル×森美術館ワークショップシリーズ「EYES & EARS」ほか―
六本木にある森美術館(館長:片岡真実)との協働企画として、同美術館で開催される展覧会と日本フィルの演奏会でとりあげる作品を題材に、音楽と美術の魅力をひも解くワークショップシリーズを実施してきました。
□2011年《フレンチ・ウィンドウ展:デュシャン賞にみるフランス現代美術の最前線》音楽ワークショップ「アートがつむぎだす音―フレンチ・ウィンドウ展から音楽を作ろう!」
□2015年《シンプルなかたち展:美はどこからくるのか》音楽ワークショップ「円相から演奏まで」 レポートはこちら
□2016年《宇宙と芸術展:かぐや姫、ダ・ヴィンチ、チームラボ》森美術館×日本フィルハーモニー交響楽団 音楽ワークショップEYES&EARS「宙(そら)・時+音 Space-Time and Sound」
レポートはこちら(森美術館)
□2017年「まちと美術館のプログラム:森あわせ~building a forest~」(会場:六本木ヒルズ)
□2018年《レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル》森美術館×日本フィルハーモニー交響楽団 音楽ワークショップEYES&EARS Vol.2「聴くことのリアル」
□2018年《カタストロフと美術のちから展》 森美術館×日本フィルハーモニー交響楽団音楽ワークショップEYES&EARS Vol.3「メメントMORI―美術と音におけるシンボル」
その他、夏休みコンサートへの導入としてのプレ・ワークショップ、杉並区内小学校でのワークショップ授業、女子美術大学での演習授業、特別支援学級でのワークショップなどを行なっています。