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オケのテイキは、おもしろい 《つがいのつどい》レポート

2023-02-08
ワークショップ・イベント

《つがいのつどい》『管弦楽のための協奏曲』(バルトーク・ベラ作曲)

文・写真 山口 敦

マイケル・スペンサー(日本フィルハーモニー交響楽団コミュニケーション・ディレクター)の音楽創造ワークショップ、ここしばらくコロナで隔てられ、リモートでの開催を余儀なくされてきましたが、今回ひさびさに「リアルなマイク」を東京・杉並に迎えることができました。(2022年12月12日開催)

 2時間という限られた時間のなかで、バルトークの音楽人生のすべてが詰まった名作を逍遥する。
 その音楽散歩の道しるべは?

『オケのテイキは、おもしろい』シリーズは、特に定期公演の演目をクローズアップし、事前に作品の特徴や背景を知ることで、演奏会当日により演奏を深く楽しんでいただこう、という趣旨で開催しています。座学(講義)のみでなく日本フィル楽員による実演や映像の鑑賞、ダンス、そして参加者自身の演奏体験も織り込んだ多面的なアプローチによって、プログラムに書かれた曲目解説をより深く理解できる。マイクはこのワークショップを、「サインポスティング・ワークショップ」と呼んでいます。サインポストとは、道しるべ、道標のこと。

そして今回は、ワークショップ参加者にもれなく定期公演のチケットがついてくる、という形で、よりワークショップと定期公演の距離を縮める初の試みとなりました。

お題は、2023年1月東京定期で演奏予定の『管弦楽のための協奏曲』。1943年、戦争や圧政から逃れ、故国ハンガリーからアメリカに移住したバルトークは、病気と貧困に喘ぐなか、多くの友の助けを得て生涯最後の輝きを放ち、彼の代表作ともいうべき名作を世に残しました。ではマイクはどのようにして、「2時間でこの作品の全貌をたどる」ワークショップに仕立てたのでしょうか。

とりあえず踊ってみた!

マイクは、ワークショップの冒頭で「アイスブレイキング」というおまじないをよくかけます。「氷を溶かす」の言葉どおり参加者の緊張をほぐし、身も心も温めるためのウォーミングアップですが、今回のアイスブレイキングは、究極の「時短」。つまりすでにアイスブレイキングの遊び自体が、バルトークの世界観に入り込む扉でした。ハンガリーの民俗舞踊を、全員で大きな輪になって踊ってみたのです。

『管弦楽のための協奏曲』に限らず、バルトークの作品の根底に流れるのは、彼がライフワークとしたハンガリー、マジャール民族をはじめ東ヨーロッパ地域の民謡や舞曲の研究成果です。折からバルトークの時代には、エジソンが発明した蓄音機を利用し、今でいう音声レコーダーが実用化されつつありました。バルトークはこの最新技術も活かし、近代化や二度の世界大戦のために急速に失われつつあった民俗音楽を克明にフィールドワークし、記録に残していったのでした。その足跡を、当時の録音、映像や日本フィル楽員(弦楽四重奏)の実演、そしてみんなで踊るダンスで実体験しつつ辿ります。

バルトークが自らの作品のなかに民俗音楽を取り込んでいくなかで、一手間かけた料理法のひとつが「変拍子」でした。第1楽章の主部でさっそく2拍子と3拍子が交錯する変拍子が特徴的に現れます。実演を手拍子で追い、単純な2拍子の手拍子では生じてしまう違和感を実体験しながら、この特徴に触れました。


織り込まれた色彩模様

第2楽章。さまざまな管楽器が二人一組となってソリストを演じていきますが、ワークショップでは、楽器のイラストが描かれた紙と演奏の動画を手がかりに、登場順に番号を振り、楽器による色彩や肌合い(テクスチャー)の変化を辿ります。テクスチャーとは、「織る」というラテン語が語源。服の生地と同様、いろいろな色、要素が何層にも重なって音楽に織り込まれていることがわかります。中間部で教会のコラール風の音楽が静かに鳴り響いた後、前半に登場した管楽器たちが再び重なり合ってまた別の形を描く。そしてこの「順番当てクイズ」に登場していない、この楽章のもう一つ大切な主役、小太鼓も忘れずに印象に刻んでいきました。

夜の歌を奏でる

作品全体に通底する民俗音楽の響きに加え、各楽章が持つ音楽的特徴を「道しるべ」として確かめながら進めた今回のワークショップのなかでも、特に一番大きな道標となったのは、第3楽章、バルトークの美学が最も強く現れた「夜の歌」でした。

参加者が2つのグループに分かれ、体育館のなかで遠くに離れて立ちました。思い思いの打楽器を手に取り、それぞれのグループで「夜の森でコウモリが飛んでいる情景」を議論しながら表現。そのサウンドを、離れた2つのグループ間で交わし合います。片方のグループが発した音を真似て再現する。また、それとは異なる表現で返す。広い体育館のなかで、即興的に発せられる不思議な音が交錯するさまは、偶然性の美ともいえるものでした。

続く第4楽章には、トロンボーンがあざ笑うようなシーンがあります。ショスタコーヴィチの第7交響曲のパロディ。バルトークは音楽で皮肉を描いたのでした。そして彼の音楽人生の総決算ともいえる、全部が詰まった終楽章、金管楽器が歌いあげるフィナーレの輝きを映像鑑賞で味わったあと、再び大きな輪になって、最初のダンスをもう一度。

じゆうじざいな じかんとくうかん(変異するワークショップ)

ワークショップ終了後には、マイクとファシリテーター(指導スタッフチーム)たちが1日の振り返りの議論を行いました。

当初、マイクは2時間という限られた時間のなかで、「一対の遊び」という副題を持つ第2楽章に焦点を絞ったワークショップをデザインしたのだそうです。「つがいのつどい」というダジャレっぽいタイトルも、このことを念頭に置いてのことでした。しかし、定期公演の演目を事前に学ぶという目的からすると、5つの楽章すべてについて触れるという必要が生じ、ワークショップの設計図が大きく変化していくことになりました。さらにマイクは、当日の参加者の反応も取り入れてインプロヴィゼーション(即興)しながらワークショップの形を自在に変化させていったのだそうです。

結果として、参加者は第3楽章の音楽の体験として「つがい(ペア)」となったのでした。ちなみにこの第3楽章の夜の静けさは、突如挿入された悲痛なオーケストラの叫びによって中断させられます。その唐突な音楽的特徴も今回体験したのですが、思い起こすと、もともと『中断された間奏曲』という副題を持っているのは第4楽章。つまり、バルトークが各楽章の副題に込めた意図とは離れて、今回のワークショップは別の視点で楽曲の特色、本質を照らし出したともいえないでしょうか。逆にいえばバルトークの音楽にはそれだけの多面性、多義性があって、私たちは、いかようにも別の光を当てることができる、と言えるかもしれません。

子どもと大人が一緒にいられる時間と空間

もう一点、この日のワークショップを振り返って、成功の要因として挙げられたのは、幅広い年代の参加でした。小学生、高校生に関しては、特に地元・杉並区内の公立校の先生がたのご協力と、子どもたちの自主的な参加意欲の賜物です。オープンマインドで知的好奇心豊かな子どもたちがいてくれたことで、インプロヴィゼーションの成功は大いに助けられたのでした。

考えてみると現代の地域社会では、保護者と学校の先生以外の大人と子どもたちが安心して交流できる場、というのがなかなかありません。日本フィルは杉並区とパートナーシップを結んでいますが、音楽創造ワークショップの幅と深みを増していくための大きな可能性が、このまちのコミュニティとの絆のなかに秘められている、そんな実感も得ることができた、実り多い1日であったと思います。