日本フィル×宮古高校吹奏楽部 スペシャル座談会「音楽家と高校生が本気で語りあう、音楽と社会のこれから」レポート

日本フィル・東北の夢プロジェクト2020特別企画

日本フィルハーモニー交響楽団×宮古高校吹奏楽部  スペシャル座談会
「音楽家と高校生が本気で語りあう、音楽と社会のこれから」 レポート

 

執筆者:八木まどか
(東日本大震災を仙台市で経験後、市民による対話の場を作る「てつがくカフェ@せんだい」の活動や、災害・ダイバーシティに関する取材活動を行う。)

 

 

6月7日、東京を拠点とする日本フィルハーモニー交響楽団(以下、日本フィル)の楽団員と、岩手県宮古市の高校生が、オンライン会議ツールを使ってつながり、音楽や未来について語りあいました。
その対話は、音楽という誰にとっても身近なものを通して、さまざまな境界線を越えてお互いに気付きを得る、かけがえのない場になりました。プロの音楽家と高校生、東京と岩手という、立場も年代も住む場所も異なる人々が、オンライン座談会の形式で集ったその軌跡をお伝えします。

 

 

「プロの音楽家と話したい」岩手の高校生の声

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて3月初旬から休校、そして、全日本吹奏楽コンクールの中止決定。それによって岩手県立宮古高校吹奏楽部の3年生は、5月末に部活動の引退が決まりました。仲間と、大好きな部活動ができない日々の寂しさに加え、目標を見失ったことによる落ち込みは想像に余りあるものです。彼らを指導する吹奏楽部顧問・佐藤允治先生は、彼らに今、何をしたいか尋ねました。すると、3年生がこう答えたそうです。

「コンクールがなくなったのは悔しい。でも、今まで応援してくれた地域の方々に何かを残したい。それを考えるために、プロの音楽家と、音楽や社会について話してみたい。」

彼らの声を聞きつけたのが、同じように活動の場を失っていた日本フィル。日本フィルは2011年4月より現在に至るまで、「被災地に音楽を」という復興支援事業として楽団員が東北沿岸部に通い、現地で演奏会や楽器指導などこれまで293回開いてきました。さらに、震災からの年月が経つにつれ、被災地域の状況や課題が変化し、「自分たちからももっと発信がしたい」という被災地域の方々の声を受け、昨年、「東北の夢プロジェクト」と題した事業を立ち上げました。このプロジェクトは、音楽を通して多くの人々が集まり、東北の子どもたちにとって「晴れの舞台」となるような場を、日本フィルと現地の人々が一緒に作り、新しいコミュニティづくりを目指すものです。宮古高校吹奏楽部とは、昨年8月に盛岡市で行われた「東北の夢プロジェクト 2019 楽しいオーケストラin岩手」でステージ共演をして以来、交流を続けていたのです。

 


「東北の夢プロジェクト 2019 楽しいオーケストラin岩手」の様子(岩手県盛岡市、2019年8月)

 

日本フィルは、新型コロナウイルスの影響で2月下旬から定期演奏会をはじめとする演奏会等がすべて中止。チケット収入もなくなり、楽員が集まって練習することができなくなりました。この間の損失は大きく、財政的にもまさに存続の危機に陥っています。楽団として、本来の活動の場を失った状況で何ができるのかを悩みながら過ごす中、宮古高校の生徒が気になり、スタッフが連絡を取ると、前述の話を聞いたそうです。

一方、宮古市や、宮古市民文化会館にも、重大な課題が生じていました。
東日本大震災で大きな被害を受けた宮古市では、工事が進んで物理的には復興が進んだ部分はあります。しかし、人が安心して働き、子どもを育てられる環境を十分整えるには時間が必要で、一度まちを出た人が戻ってこないケースも多く、人口流出が加速しています。現在の宮古市は人口約5万人。岩手県の中心部から車で約2時間かかり、子どもたちにとってはロールモデルとなる年代の若者が多くいません。

また、市民が集う場として役割を果たしてきた宮古市民文化会館(https://iwate-arts-miyako.jp/)は、震災後に再建・再オープンして5年目。館長補佐であり、プロデューサーの坂田雄平さんは、3年前から市民劇などの事業を通して地域の文化芸術の継承や、市民コミュニティ作りを続けてきました。なぜなら、「文化は、大事にする人がいないと容易に途絶えてしまう」という思いがあったからです。しかし、文化会館は3月から利用の制限をせざるを得ず、市民の文化活動も中断、都市部のアーティストとの交流も一時的に途絶えてしまいました。

 

みやこ市民劇の様子(提供:特定非営利活動法人いわてアートサポートセンター)

 

つまり、過疎化が進む地域にとって、子どもたちの文化活動や、文化施設の利用が制限されることは、文化そのものの存在危機に直結するのです。そんな中、日本フィルや宮古高校吹奏楽部と交流があった坂田さんも高校生の思いを聞き、「文化会館の使い方を工夫すれば、オンライン環境や、密接を避けたスペースが提供できる」と申し出ました。こうして、東京の日本フィル楽団員と、岩手の市民文化会館、宮古市の高校生が「音楽」という共通項のもと、ひとつの対話の場を持つことになりました。

 

さまざまなバックグラウンドの人々が、交わす言葉


オンライン座談会視聴の様子。上段左より日本フィルの別府一樹さん、橋本洋さん、中段左より柳生和大さん、オッタビアーノ・クリストーフォリさん、原川翔太郎さん、下段右より岸良開城さん


宮古市民文化会館では、3年生がステージ上でスクリーンを囲み、他の部員も観客席で見守りました

 

座談会には、日本フィルから5名の楽員と、1名の事務所担当者が出席。楽員は、楽器のパートや在籍年数、出身地も様々でした。宮古市民文化会館では、宮古高校吹奏楽部員57名と顧問の佐藤先生、宮古市の音楽家などが集まりました。まず初めに、楽団員、高校生双方が自己紹介。その後、高校生の質問に日本フィルが答える形で対話が進みました。

 

―「人に感動を与える音楽とは、どんなものですか?」

この質問に対し、橋本さん(トランペット)は「100名観客がいても、100名全員に好かれる演奏はきっとできません。なぜなら、感動の仕方は人それぞれ。プロの演奏より、子どもの演奏発表会のほうが、親にとっては感動的なこともあるでしょう。だから、自分が心からやりたいと思う演奏をやることが大切。“すごい演奏をしたのだから、人が感動して当たり前だろう”という気持ちだったら、人の心は動かせないでしょう」と長年音楽家として演奏して得たであろう視点で、答えました。

 

―「オンライン配信によって音楽に触れることと、生演奏の違いをどう考えますか?」

休校中、インターネット上に公開された動画を観て過ごす部員が多かったそうです。好きなアーティストの動画を観て感動し、気持ちを保っていたとのこと。

柳生和大さん(テューバ)は「生の演奏会は、演奏者だけでなく、観客や、ホールそのものが一体となって作り上げるもの。同じ曲の中でも、1つとして同じ音はないし、その日の客層や状態によって、曲の雰囲気が変わるのが特徴だと感じます。一方、オンライン配信によって、昔の名演奏をいつでもどこでも聴けることはやはり便利。役割が違うので、使い分けていくのが大切だと思います」と、生演奏とオンライン配信それぞれのメリットについて考えを述べました。

イタリア出身のオッタビアーノさん(トランペット)は、「誰かに聴いてもらう」ことがモチベーションになるため、定期演奏会の中止が続く期間、自らの演奏の動画をインターネット上にアップしていました。しかし「生の演奏会の音の質には敵わない」と言います。「刺身とツナ缶は、いずれもマグロから作られた食べ物で、両方とも美味しいけれど、味も作り方も違いますよね」と使い分け方を喩えました。

 

―「音楽の力とは、なんだと思いますか?」

「今、音楽の優先順位は前より下がってしまった気がします。でも、私たちは東日本大震災の時に、音楽に励ましてもらったと感じます。音楽を通して地域の方々に何ができるのか、自分たちだけでは答えが出なくなってしまいました。」

これに対し、原川さん(ホルン)は有名な指揮者の言葉を引用し「音楽は、水や自然と同じように、人間になくてはならないもの。生活の中に常になくてはならないもの」と伝え、一方、橋本さんは「“芸術が、人や時代を変える”のではなく、心の余裕を持てる、よい時代に、よい音楽が生まれてきたと思うのです。だから、よい社会を作るのも私たちの使命の一つでしょう」と言いました。

 

 

これに重ねて、岸良さん(トロンボーン)は「震災直後から、避難所などで演奏させてもらいましたが、正直、どんな気持ちで演奏すればいいかわかりませんでした。でも、演奏を聴いた人から『久しぶりにお腹の底から笑った』といった声をもらい、音楽の意味に気づくことができました」と、自らが「被災地に音楽を」の活動に参加して感じたことを語りました。

 

さらに、日本フィルから高校生へのメッセージとして、原川さんは「音楽に限らず、少しでも興味を持ったことは遠慮せずにチャレンジしてほしい」、岸良さんは「音楽はコンクールのためだけにやるものではなく、今後も色々な場所でできます」と励ましました。また、柳生さんとオッタビアーノさんは、「しばらく日本フィルの演奏会が開催できず、今後の見通しも少しずつしか立てられなくて悔しい」と、高校生と同じように、仲間と一緒に演奏できないことへの寂しい気持ちを語りつつ、「辛い時は必ず終わるので、思い切り演奏できる日を夢見て今は力を蓄えています」と前向きな言葉を話しました。この日参加した楽団員の中で最年長だった橋本さんは、自らの高校時代に出場した吹奏楽コンクールの思い出をまじえながら「音楽をできることはすてきな才能です。さまざまな形で、今後も皆さんが音楽を続けてくれたら嬉しいです」と言って、対話を結びました。

最後には、吹奏楽部員、日本フィル双方からサプライズ動画を送り合い、この日の座談会は終了しました。

 

 

「きっと、全国の同世代も悩んでいる」

実は、企画から実施までは約2週間。宮古高校の佐藤先生は「必ず未来に役立つことだから」と学校を説得し、坂田さんも地元スタッフの協力を仰ぎオンライン環境を整えました。登壇した2~3年生に、事後インタビューをしたところ、今回の座談会を通して演奏に対する考えだけでなく、自らの生き方の価値観も変わったと言いました。また、「音楽家の皆さんに音楽の意味を教えてもらい、前を向けました」「きっと、自分たちのように悩んでいる同世代は多いと思う。たとえば、全国のパートリーダーがオンラインツールで繋がり、語りあうような企画が今後できれば嬉しいです」と、次の目標をすでに思い描いていました。

今回のような対話は、決して、すぐ効果が可視化されるアクションではないかもしれません。しかし、子どもたちの声に、大人が真剣に向き合い、新しいツールを使って挑戦したことに、非常に意味があったと思います。

この交流をきっかけに、小さなアクションでも、次につながれば長期的に大きな変化が生まれるはずです。実際に、宮古高校吹奏楽部員たちは、対談後、今まで交流がなかった関西の高校生とインターネットを通じて意見交換したりしているとのこと。彼らが主体的にアクションをするきっかけとなったのが、この日の対談であるなら、それは確実に、プラスの変化を起こしたのではないでしょうか。

一方、日本フィルとしても、演奏ではなく「対話」という今までにない形で東北の子どもたちと交流したことは、演奏会ができない状況だからこそ生まれた新しいアイデアでした。その結果、当たり前に取り組んできた音楽の存在を捉え直す機会になりました。なぜなら、自らの思いを言語化し、人に伝える営みである対話は、時に人との意見の違いに戸惑うこともありますが、違いを知ることは物事をより多面的に見ることにつながるからです。また、楽員の音楽への深い思いを、初めて公の場で聞いたと語る楽団員もおり、今後の日本フィルの活動に活かせる発見がありました。

「今、音楽の優先度が下がっている」と高校生が言ったように、たとえばもし、文化活動がそのまちで途絶えてしまったら「誰かと一緒に過ごす場」が一つ消えることになります。すると、人はまちの外へ、他の場所を探しに出ていくでしょう。それが次第に加速すると、まちから人が減り、まちの活気が失われる可能性もあるはずです。このように長期的視点で考えると、文化・芸術活動の支援は、物資や経済活動の支援などと同じように、とても大事ではないでしょうか。

どう大切なのかを言葉にしづらいほど身近な存在で、多様な人をつなげる「媒体」になりうる文化や芸術だからこそ、今、その価値を見つめ直す時なのかもしれません。