「被災地に音楽を」シンポジウムレポートを公開

平成29年度戦略的芸術文化創造推進事業

日本フィルハーモニー交響楽団「被災地に音楽を」調査研究報告&シンポジウム

コミュニティと生きるオーケストラ~7年間の被災地活動から見えてきたもの~

The Orchestra, a new voice in the community

                         2018年3月1日 鉢村優

 

 東日本大震災からまもなく7年を迎えようとする今、再びこの問いが立てられた。「芸術に、音楽に何ができるのか?」-抗いようのない自然の猛威と人の苦難に対して、衣食住を満たすものではない芸術に何ができるのか。日本フィルは研究者や地元の当事者、そして美術の専門家を招き、活動の足跡をともに振り返ることから始めた。シンポジウムは2018年2月25日(日)、女子美術大学110周年記念ホール(高円寺)にて、80余名の参加者を迎えて行われた。

 東日本大震災の当日と翌日、日本フィルは首席指揮者ラザレフの指揮による定期演奏会を予定していた。非常に難しい判断ではあったが、会場および関係者の安全や演奏の質を維持できるかどうかを慎重に検討、非常時にこそ音楽の持つ特別な力を可能な限り届けるべきとの結論に達して、二日間の演奏会を実施した。その一週間後に予定されていた香港での公演も「日本は復活する」というメッセージを伝えるという使命を感じながら実施した。震災を体験した楽団員が感じた「被災者のために何かできないか」という気持ちと、日本と香港の聴衆の被災者に対する弔意と暖かい励ましの気持ちを音楽という形で被災地に届けようと、「被災地に音楽を」の活動がスタートした。

 日本フィルが2011年4月6日に行った最初の支援活動は、福島県二本松市に音楽と乾電池を届けることだった。この乾電池は香港での演奏会の際、「東北に届けて」と贈られたもの。こうした物資や、会場で集められた寄付金、人々から寄せられた募金をもとに活動してきたことにふれ、理事長・平井俊邦は「人々の信託を、地元コーディネーターと楽員の協力のもと形にしてきた」と説明。日本フィルは経営的困難の時代に全国の人々に助けられて存続してきた団体であることから、人の温かい心を感じる力「心のひだまでわかる」ことがDNAとして根付いていると述べた。

 日本フィルハーモニー交響楽団が災害に見舞われた人々のために行動したのは、実は今回が初めてではない。1995年に阪神淡路大震災の避難所で演奏した経験が、東日本大震災発生直後から音楽による支援活動を行うことにつながったという。しかし、その足跡にはいつも疑問が付きまとっていた。活動の初期には「なぜ音楽が」「なぜ東京の団体が」、年月が経てば「まだやるの?」あるいはオーケストラ自身も「ずっと同じことを続けていいのだろうか?」と。復興の進展にともなって地元が直面する課題が多様化する今、その問はひときわクリティカルなものとなっている。

 三菱UFJリサーチ&コンサルティング・中村仁明による調査研究報告では、地元コーディネーター・楽員・事務局を対象としたアンケートによる質的調査の結果が説明された。「被災地に音楽を」プロジェクトが、震災直後は被災地住民の「心の整理・癒し」に寄与した点を評価する一方で、時間が経過した現在・今後では被災地住民のニーズが変化していることを指摘。オーケストラがそうしたニーズの変化を的確に把握していることを評価しつつ、被災地からは事業の継続性が期待されていること、その上で「住民同士の交流機会の創出」や「被災地の現状を対外的に発信すること」といった点が求められていることを指摘した。

 南相馬市立原町第一中学校教諭・阿部和代は日本フィルとの関わりについて講演。同校は吹奏楽の伝統校だが、「災害が色んなものを私たちから奪っていった」。教員が力を合わせて近隣小学校の体育館にシートを敷き、パネルを運び、臨時教室を作ったこと。4月23日に授業を再開すると生徒たちはすぐに「いつから部活ができますか」と熱心に頼んできたこと。軽トラックで本校舎から打楽器を運び、満足のいく時間練習ができないなか、管楽合奏コンテスト(2011年11月)でグランプリ、文部科学大臣賞を受賞したこと。しかし被災から時間が経つにつれ、大切に育てた生徒が次々と転校していき、水準を保つのが難しくなっていった・・・途方に暮れていたときに日本フィルから訪問の打診があり、「嬉しかったけれど(どんな厳しいことを言われるかと)怖くもあった」という。しかし「素晴らしい演奏と気さくな人柄ですぐに仲良くなり、やがて“近所のおじさん”のように」心を通わせることができるようになったと語った。2015年頃になると生徒たちの様子が変わってきたとも指摘。「震災当時にまだ幼かったこの世代は周囲の大人に守られて育った期間が長く、何もかも受身になっていた」といい、その問題意識を日本フィルの担当者と共有したところコミュニケーション・ディレクターのマイケル・スペンサーによる音楽ワークショップの実施につながったとのこと。発想力や自主性を持って取り組む姿を見て、「指導者が、そして生徒たち自身が思う以上に彼らはできるのだと驚いた」と述べた。日本フィルとの継続的な心の交流を紹介し、苦難に直面しながら「それでも私たちは音楽がやりたかった」というスピーチに応えて、会場からは長く熱心な拍手が送られた。

 続いて女子美術大学教授・ヤマザキミノリによる講演では、美術を通じた災害支援の経験が紹介された。紛争地域や災害時には外傷性の治療だけでなく「心のファーストエイド」としてメンタルケアが行われる必要があるという研究を引用しつつ、その媒介として美術が機能すると指摘。東日本大震災後に行った様々な事例を紹介するとともに、当地における日本フィルとの協働がより密接になっていると紹介した。単に絵をコンサート会場に設置するというレベルから、近年では工作ワークショップを行い、それを音楽ワークショップで使うといった連携に深化しているという。甚大な被害によって家族や地域コミュニティが崩壊するなかで、その再形成に芸術が果たしうる役割を改めて指摘した。

 休憩を挟み、コミュニケーション・ディレクターのマイケル・スペンサーによるワークショップとプレゼンテーションが行われた。座学ではなく、参加者自身が体を動かして学ぶ「アクティブ・ラーニング」の手法を通じて行われ、スティーヴ・ライヒ『クラッピング・ミュージック』やストラヴィンスキー『春の祭典』といった題材が登場。その方法論が教育学の理論に裏付けられ、社会構成主義(人々は集団においてよりよく学ぶことができる)に基づいていることが紹介された。また、ワークショップでは臨機応変に観察し、意思決定するプロセスを経験していることや、音楽が他者との関係性を構築するツールの一つになりうる(ソーシャルテクノロジーとしての音楽)ことが指摘され、社会における音楽の価値が説明された。このプレゼンテーションには日本フィル楽員からなるファシリテーションチームも参加し、ヴァイオリン奏者・佐藤駿一郎、トロンボーン奏者・伊波睦がワークショップをリードしたほか、チェロ奏者・大澤哲弥とヴィオラ奏者・中川裕美子のショートスピーチがあった。「一方通行ではない自発的な学びの可能性」が指摘され、「ワークショップ経験を経てオーケストラに戻ると音が全く違って聴こえた」「音楽と人に対する向き合い方が変わった」という経験がシェアされた。

 パネルディスカッションでは「オーケストラとコミュニティの未来」が議論された。まず現代美術家・宮島達男が『時の海―東北』(Rebornアートフェスティバル、2017年)等を通じて被災地住民と東京をつなぐ試みを紹介。富樫尚代(日本フィル 音楽の森 アドバイザー)は日本フィルの災害支援活動が阪神大震災の経験から始まっていることに触れた上で、「被災地に音楽を」プロジェクトは地元コーディネーターを通じて直接の関係性を築いたことによって長期的な交流が可能になったこと、また地元の多様なニーズに即応することが可能になったと述べた。マイケル・スペンサーは音楽を「娯楽」としてみる固定概念を指摘。「オーケストラは人々をつなぐ役割を果たすことができる」といい、社会に深く大きなインパクトを与えうるものとして音楽の見方を更新するよう訴えた。

 また宮島は阪神大震災の際、(被災直後よりもむしろ)7~8年後に自殺者が増えたことを指摘し「ここからが正念場であり、音楽も美術もともに果たしうる役割がある」と述べた。スペンサーは芸術に関わる人々が広い社会に目を向け、「アンバサダー」になることの重要性を指摘した。自分たちが持つ価値をもう一度考え直し、芸術の専門家ではない人々の言葉でそれを説明する努力が必要だと述べた。

 シンポジウムの結びに日本フィル理事長・平井は日本フィルの「3つの柱」(演奏、教育、地域活動)に触れ、「被災地に音楽を」プロジェクトがその大きな一部になっていることを確認した。「時に自信がなくなることもあるが、地元から受け取ったものに悩みながら取り組んでいく。これからも音楽で人々に寄り添っていく」と述べた。シンポジウムの中で指摘された「広く一般の人が携わることのできるプログラムの必要性」や「地元の伝統芸能との関わりの創出」といった点に注目しつつ、日本フィルのワークショップ活動と室内楽を発展させていきたいという。そして、あらゆる世代、地域、人々を包摂する存在としてオーケストラが果たしうる役割を展望して締めくくった。

 世界に、日本に、東京に、音楽団体はいくつもある。文化芸術全体を見ても、経済的に決して安泰とはいえない現代において、オーケストラが存在し続ける意味とはなんだろうか。日本フィル音楽の森・部長代行 別府一樹は「音楽を通じて人々を励ますという思いはこれからも変わらないが、個人への活動だけではなく、東北のさまざまな課題を抱えるコミュニティに音楽団体ならではの関わり方で元気になってもらうことが今後の目標」と語る。日本フィルは今、阪神淡路大震災や東日本大震災を通じて積み重ねた災害支援の経験を、より広く「コミュニティ」という視野に広げていこうとしている。少子高齢化や貧困、また様々な困難を抱える人々との共生といった課題は、日本に限らず世界中で真剣に議論されている。絶えず自問自答する中で、オーケストラが模索する可能性とその具現化に注目したい。