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広上淳一[フレンド・オブ・JPO(芸術顧問)] 第772回東京定期演奏会指揮者インタビュー

2025.06.02

広上淳一 インタビュー
日本フィルハーモニー交響楽団 第772回東京定期演奏会にむけて

ききて:山野雄大

【《ジュピター》で大人気、《惑星》の魅力を今あらためて磨き直す!】

 ――7月の東京定期では、イギリスの作曲家ホルストの大人気作品、組曲《惑星》をお愉しみいただきます。火星、金星、水星、木星、土星、天王星、海王星と、太陽系の7つの惑星の占星術的なイメージを、大編成オーケストラのスペクタクル・サウンドで描いてみせたユニークな大作です。

 僕も何度か指揮してきましたが、やはり良い曲なんですよね。サントリーホールで日本フィルが奏でる巨大な響き、これを堪能していただきたいです。

 ――特に第4曲《木星》は、平原綾香さんの大ヒット曲《Jupiter》をはじめ、ポップスにアレンジされて歌詞をつけて歌われたり、とても広く親しまれています。

 みんなが知ってるこの《ジュピター》ですけれども、僕は今回の演奏で、もう一度初心にかえってつくりたいな、と思います。第1曲《火星》もそうですが、世間的に有名になりすぎて手垢のついたところも全てクリーニングして、いちばん大事な芯の部分が浮き出るようにした上で、オーケストラのサウンドを愉しんでいただきたい。
 また、今回は《火星》や《木星》のように派手な曲以外、たとえば《土星》なんて渋い曲にもスポットを当てたいですね。

 ――《土星》には、占星術での土星の性格づけから「老年をもたらす者」という副題がついていますが、若い頃にこの曲を聴いた時の重々しいイメージも、自分が老年に近づいてみると、歳を重ねたからこそ分かる〈渋さ〉や〈威厳〉の重く深い中身がより聴こえてくるというか‥‥聴くがわの年齢によっても、イメージが変わってくる作品かも知れませんね。

 それはあると思う!いつまでも新鮮な発見がある作品だと思いますし、お客さまにもそういうところをぜひ感じ取っていただければいいなと。
 また、最後の《海王星》が、派手に終わらないんです。この組曲全体が静かぁ‥‥に終わってゆくミステリアスな感じ、そこがまた宇宙の神秘を表しているし、地球上で我々人間が愚かなことを繰り返している、それをかえりみることも出来る。「そこまで大きく捉えなくていい」というかたもいるかも知れないけれど、ホルスト先生にはそういう大きなイメージがあっただろうと思う。あの時代、戦争も絶えませんでしたし[最初に書かれた《火星》は第1次世界大戦の勃発直前に作曲された]、その他いろいろな背景を考えていくと、この曲が生まれた〈必然性〉もある気がしますね。

【絢爛豪華なスペクタクル・サウンド!――《惑星》が描く広大な宇宙幻想】

 ――《惑星》オーケストラの編成もとても大きくて、オルガンも響きわたる迫力も凄いものです。管楽器が各パート4本ずつというのはモーツァルト時代の倍以上ですし、楽器の種類も高音から低音まで多彩。とてもカラフルで迫力のあるサウンドを創り出すために、バス・フルートやバス・オーボエといった、めったに使われない珍しい楽器も動員されますね。

 このグスターヴ・ホルスト[1874~1934]という作曲家は、オーケストレーション[管弦楽書法]の大家ですね。私が習った尾高惇忠先生[1944~2021/作曲家]もそうでしたが、ホルストも名教師だったようですね。彼はオーケストラだけでなく、優れた吹奏楽曲など、模範となるような作品をたくさん残している。その中で、この《惑星》は、いろいろな楽器も実験的に使うことで、アナログな楽器を鳴らすことで壮大な宇宙をいかに表現できるか‥‥という凄い挑戦だったと思うんです。

 ――ホルストと同じ時代、20世紀のはじめには、日本フィルの3月東京定期でも《ツァラトゥストラはかく語りき》をお聴きいただいたリヒャルト・シュトラウスのように、巨大なオーケストラを駆使した作曲家が数々活躍しました。

 ホルスト先生も、そうした中央ヨーロッパの作曲家たちの音楽を勉強していたでしょうし、もちろん影響はあるでしょうね。ホルスト以前にも、イギリスだってやってやる!という意気込みでエルガー[1857~1934]が大きな曲を書いているわけですし、それに加えてイギリスの国民性もあるんじゃないでしょうか。

 ――最後の《海王星~神秘主義者》では、ミステリアスな響きをつくりだすために、最弱音のオーケストラの背景で、女声合唱が歌詞のないヴォカリーズで静かに、幾つもの声部に分かれて重なり響きあうのが、またとても美しいですね。

 宇宙的な響きを合唱でつくらなければなりませんから、難しいんですよ。楽譜の指定では、舞台裏で[遠く響かせるように]歌うことになっているのですが、今回はサントリーホールの舞台後方、天から声が降って来るように、幻想的に歌ってもらいます。

 ――女声合唱は、広上さんが教授を務めていらっしゃる東京音楽大学の皆さんです。今年4月の「広上淳一&日本フィル〈オペラの旅〉Vol.1:ヴェルディ《仮面舞踏会》」でも、東京音大の皆さんが彫りの深い合唱を聴かせて印象的でした。

 いま、プロフェッショナルのオーケストラと共演する機会を頂けている音楽大学は、東京音大くらいなんですよ。感謝してもし足りないですね。日本フィルとは、創立指揮者の渡邉暁雄先生が初めて東京音大を合唱に起用して下さって以来、半世紀近く共演しているんですが、その最初の年に[東京音大指揮科に]入学したのが、現田茂夫と僕でした。彼と僕は、1年生で暁雄先生の指揮する日本フィルと第九を歌っているんです。

 ――長く深い絆が、今回の《惑星》にも紡がれてゆくわけですね‥‥。

宇宙的な祈り――佐藤聰明の新作〈バス・クラリネット協奏曲〉初演!】

 ――そして、ホルストの人気作にあわせて、作曲家の佐藤聰明さん[1947~]が書かれた〈バス・クラリネット協奏曲〉[2017年]が世界初演されます。‥‥佐藤さんの音楽は、宇宙的な感性、といいましょうか、非常に息の長い時の流れや、悠久の音空間に満ちる緊張感、あるいは音の背後に広がる静寂の果てしない深さといった、宇宙的な深淵を感じることもあります。

 これは[今回初演するソリストの]フランス・ムソーさんのために書かれた曲ですが、実はムソーさんの奥さんが日本人のフルーティストで、僕がアムステルダムに住んでいた頃に知り合った友人でもある。その彼女の親しくしている作曲家が佐藤先生、というわけです。しかもご縁はまだあって、僕がキリル・コンドラシン国際青年指揮者コンクールで優勝したとき、その本選の会場に、まだ子供だったムソーさんがいて、映像にも映ってるの(笑)。

 ――いろんな絆が深く繋がっているんですね(笑)。

 そう。ムソーさんのために書かれたこの〈バス・クラリネット協奏曲〉は、もっと以前に初演を予定していたのですが、演奏会がコロナ禍で潰れてしまいまして、今回ようやく実現するわけです。佐藤先生独特の世界、まさに〈祈り〉のような音楽です。

 ――総譜を拝見すると、速度指定が普通あり得ないような遅さですね。時間の感覚が、非日常的。

 普通の感覚じゃ振れません。編成もバス・クラリネット独奏にハープ、弦楽だけなので、演奏会後半の《惑星》と正に対照的。静と動、のような2作品となります。こちらでは、静寂のなかの祈り‥‥バス・クラリネット独奏が、自身の中での魂の動きを楽器に託しているように感じられるのではないでしょうか。

【宇宙の神秘への敬意と畏怖――《ファン・ゴッホへのオマージュ》から響く祈り】

 ――この協奏曲には《ファン・ゴッホへのオマージュ》というタイトルがついておりまして、佐藤先生の書かれた解説によりますと、オランダの画家ファン・ゴッホの絵に「あの世とこの世の風景が重なっている」ところ、あるいは「異なる次元の光がやわやわと交差し」ているところ、人が「いつの間にか忘れてしまった」感覚を見出し、共感されています。

 ホルストの《惑星》は、理不尽や不条理といった感情ではなくて、星を通して現実をとらえてみせているように思うんです。ホルスト先生がカメラで捉えた写真で、佐藤先生が絵。そこには東洋的な、割り切れない何かへの感覚もあると思う。

 ――「過去現在未来は常に混淆し、一瞬は永遠なのです」「一粒の素粒子に永遠の宇宙がある。ゴッホの絵にはその秘密が隠されているのです。僕の音楽もそうありたいと常に願ってきました」と、佐藤先生は作品に寄せたテクストに書かれております。

 哲学ですね。仏教的なイメージも感じますが、この協奏曲には、宇宙の神秘に対する敬意と畏怖‥‥静寂というより、森羅万象、地球上に生きとし生けるもの全ての、魂の祈りのようなものを感じる。いま、ウクライナやガザで行われている戦争、人の命を踏みにじる為政者たち、人の命を自分のために平気で犠牲にできる彼らの感覚‥‥現代では、理不尽や不条理のエネルギーがどんどん力を増してまかり通っている。そういった現在に、この音楽を捧げたいですね。

第772回東京定期演奏会

2025年7月11日 (金)19:00 開演( 18:20 開場 )
2025年7月12日 (土)14:00 開演( 13:10 開場 )
サントリーホール

指揮:広上 淳一[フレンド・オブ・JPO(芸術顧問)]
バス・クラリネット:フランス・ムソー
女声合唱:東京音楽大学

佐藤聰明:バス・クラリネット協奏曲[世界初演]
ホルスト:組曲《惑星》 op.32

S席 ¥8,500 A席 ¥7,000 B席 ¥6,000 C席 ¥5,000 P席 ¥4,500 Ys席 ¥2,000