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第48回九州公演 ツアーレポート

2023-04-13
地域 九州

48回目の日本フィル九州ツアー

文・写真 渡辺和

◆日本フィル九州ツアーの何が特別なのか◆

 プロフェッショナルなオーケストラにとって、演奏旅行は日々の仕事。とはいえ、1975年以来毎年2月に開催されている日本フィル九州公演が、ちょっと特別なのだ。

 なにしろ、演奏家を招聘しプロモーターが開催する営利目的の興行でもなければ、地方文化財団が公金を用いる公共文化イベントでもない。九州10都市に住む音楽ファンが「公演実行委員会」や「日本フィルの会」などの任意団体を結成し、各地の実行委員会と日本フィルが主催となって共同で経費負担しツアーを行う。各都市の実行委員会がそれぞれにスポンサーを探し、経費に見合う適正なチケット価格を決め、チケット販売も昔ながらの手売りが基本だ。

 高度成長期日本に最盛期を迎えた鑑賞サークルと、現日本フィル支援の根っこにある組合組織を背景に誕生したツアーの性格は、21世紀も20年代となった今も残っている。今や団員にも事務局にも半世紀前を知る者がひとりもいないオーケストラとすれば、48年前の空気を体験してきた人々に迎えられる九州ツアーは、己のルーツを再確認する旅でもあるのだ。

 コロナ禍で公演が中止になった一昨年を除き今年で48回目となったツアーは、2月11日建国記念日から23日天皇誕生日までの13日間に7県10都市を巡る。九州新幹線が貫く小倉から鹿児島まではさほど困難な移動ではないが、熊本から大分への九州横断と、公共交通も高速道路網も充実していない大分、宮崎、鹿児島の移動は、楽なものではない。

 各地の音楽ファンが直接招聘するツアーなのだ、演目やゲスト出演者もオーケストラの都合を訪問先に押しつけるのではなく、主催者と団の協議で決められる。今回はソリストに佐藤晴真(チェロ)と小林愛実(ピアノ)、指揮はフレンド・オブ・JPO(芸術顧問)広上淳一と、人気の顔ぶれとなった。

 団が九州各地に提示したプログラムは、チャイコフスキー交響曲第4番を軸に大管弦楽の魅力をストレートに伝えるものと、2管編成にホルンのアシスト1本と規模が小さいベートーヴェン交響曲第7番がメインとなるドイツ系とのふたつ。協奏曲の演目は、佐藤がチャイコフスキー《ロココ変奏曲》オリジナル版、小林は本人の強い希望でショパンの2曲を弾き分けることとなり、音楽関係者も大いに注目するツアーとなった。

 なお、市中心部の大ホールが改築中の唐津のために、小編成特別プログラムが用意される。長崎出身で日本フィル欧州公演にも同行したギターの名匠山口修が、小編成オーケストラを逆手に取った《アランフェス協奏曲》で参加。練習や経費を考えれば通常の演奏旅行ではあり得ない、日本フィルと九州の深いつながり故の計らいである。また、九州地区で初めて“音楽によるまちづくり推進協定”を結んだ大牟田では、団員によるアウトリーチも行われた。以下、ツアー各地の様子を駆け足で辿ってみよう。

◆九州の人々との13日◆

 初日マチネ公演の会場となる北九州ソレイユホールは、2000席ほどの多目的ホール。長く「厚生年金会館」で親しまれた大会場である。ロビーを運営するのは主催する「日本フィル北九州公演実行委員会」メンバー。御隠居から高校生まで幅広い世代のボランティアが忙しくしている。広い客席の7割程度が埋まり、重厚な《エフゲニー・オネーギン》ポロネーズに始まり、若きスター佐藤晴真は《ロココの主題による変奏曲》の超絶技巧カデンツァで客席をわし掴み。色彩感溢れる交響曲第4番からアンコールの《弦楽セレナーデ》 ワルツで、チャイコフスキーづくしの午後が締め括られる。

 初日と同演目同独奏者で盛り上がった「熊本日本フィルの会」主催の熊本県立劇場コンサートホールでの日曜マチネを終え、ツアー中3日のみの移動日に「日本フィル大分公演実行委員会」が待つ大分へ向かう。バブル以降のモダンな会場に1300人ほどの聴衆が座る。地元実行委員会ボランティアだけでなく、共催となる大分県文化振興財団のスタッフも働いている。国際観光地という土地柄か、海外からの観光客の姿も。《エフゲニー・オネーギン》が高鳴り、小林愛実が弱音を丁寧に扱うショパン第2番の繊細な再現。チャイコフスキー第4番でのマエストロとの手合わせも3度目となり、すっかり手に入っている。一晩の演奏会として極めて高水準の晩であった。

 翌15日から18日、「日本フィル九州公演宮崎実行委員会」主催のメディキット県民文化センターアイザックスターンホールで大分と同演目、「日本フィル鹿児島公演実行委員会」主催の鹿児島宝山ホールでは超満員の聴衆を前にベートーヴェン第7番プロの初ステージ。福岡に戻り「日本フィル福岡公演実行委員会」主催のアクロス福岡シンフォニーホールでマチネ。日本フィルは九州全域の四分の三を反時計回りに駆け抜ける。

 ツアー二度目の日曜日は福岡南端の大牟田だ。「大牟田日本フィルの会」メンバーと市のスタッフが待つ1500席規模の大牟田文化会館大ホールに、市長も訪れる。大牟田市が協定の一環として小学生を招待したためか、客席には制服姿も目立つ。《魔笛》序曲が終わるや登場した小林、この日はショパン第1番だ。必要以上に声高にならぬ雄弁さは第2番と変わらない。ベートーヴェン第7番に会場が沸いた晩には、実行委員と翌日が移動日の団員やスタッフが集まり、前事務局長を慕い誕生日を祝う宴が静かに開催されたという。

 翌朝、4名の弦楽器メンバーが大牟田市内病院を訪れ、熟年向けと幼児向けという難しいふたつのアウトリーチを行う間に、オーケストラは長崎へと移動。観光地長崎は感染拡大防止にとりわけ敏感で、昨年はホールが臨時休館となり公演中止を余儀なくされた。久々の日本フィル来訪とあって、昭和レトロ感漂う950席の中規模多目的ホールは、18時半の開演を前に聴衆とボランティアスタッフで溢れんばかり。平日晩にもかかわらずラフな服装の御隠居が目立つ。《魔笛》序曲は生音中心のダイレクトな響き。注目の《アランフェス協奏曲》、ギター音量を確保しての生演奏は困難な難曲だが、ここなら適正規模だ。この会場で広上のベートーヴェン第7番が盛り上がらぬわけがなかろう。

 佐賀県北部の唐津にも「唐津日本フィルの会」がある。市民会館大ホールが新築中の今、唐津駅からJR唐津線で20分程の相知なる無人駅から松浦川を越えた相知交流文化センターサライホールが会場だ。18時半開演を前に320の客席はほぼ満員で、ボランティアスタッフには制服姿の高校生も。前半は山口修独奏リサイタル。広上を迎えたグリーグの《ホルベアの時代から》は、大オーケストラのような響き。メインの《アランフェス協奏曲》、この規模の空間ならPA装置など不必要だ。休憩無し1時間と少し、このツアーでも最も贅沢なスペシャルコンサートとなった。

 ツアー最終日となる佐賀市文化会館大ホールは、県庁所在地の1800席大会場。マチネ公演に向け「日本フィル佐賀公演実行委員会」の面々が働く。一見なんでもない昭和の公民館なのだが、巨匠ラザレフが音響は九州一と絶賛した名ホールなのである。《エフゲニー・オネーギン》のポロネーズに続き、休養充分な小林愛実は抒情的な第2番で大喝采。広上の微妙なテンポの揺らしがすっかり手に入ったチャイコフスキー第4番、大オーケストラのフルサウンドが一切の混濁なしにホール隅々まで響くフィナーレに、13日のツアーは締め括られた。