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韓国公演レポート ―渡辺和―(2018年11月1、2日)

2018.12.13

日本フィル半島を駆ける

文・写真 渡辺 和

 2018年10月30日昼過ぎ、杉並区内練習場に集まった日本フィル団員達を前に大植英次が立っている。一昨年のニューイヤー・コンサートでの初顔合わせで極めて個性的な《新世界より》解釈を披露、万人の度肝を抜いたマエストロだ。練習前のステージに出た大植は、大阪フィル監督時代から気心知れたコンサートマスター田野倉雅秋の席に座りボウイングを確認。練習では楽想の変化や繋ぎの部分での細かいアゴーギクやアクセントを盛んに指示する。終わればその足で成田空港の宿に直行、明日には日本フィル初の韓国である。2日目のソウル公演は、1998年、当時の小渕総理と金大中大統領の間で出された「日韓共同宣言」20周年の記念公演でもあるのだ。音楽的にもそれ以外にも、緊張感が漂う旅立ち前。

 

111日(木)大邱(テグ)コンサートハウス

 大邱の日本フィル公演は、「国際オーケストラ・シリーズ」の一部である。2013年のホール開幕から始まった大邱コンサートハウス主催のこのシリーズ、今年はサロネン指揮フィルハーモニア管に始まり、日本フィル、ピヒラー指揮スロヴァキアフィル、ブルガリア国立放送響、バーゼル祝祭管、ヤルヴィ指揮ブレーメン・ドイツ室内管ら外国楽団ばかりか、国内のプロアマ、吹奏楽まで総計22の公演が並ぶ。「アジアからもオーケストラを招きたいのです。どうして日本フィルか、ですって。勿論、日本のトップだからですよ」とリ・ヒュンクン館長。

 開演の7時半、韓国最高の音響とも賞賛される1284席の空間には若い世代の聴衆が目立つ。日本関係が席を埋めるでもなく、あくまでも地元音楽ファンのための公演だ。日本フィル団員が舞台に出ると大きな拍手、そしてマエストロ大植の登場。打楽器群に向け大植が手を振り下ろし、拍子木がリズムを刻み、外山雄三《管弦楽のためのラプソディ》が始まる。「これぞニッポン」というレパートリーに、難しい現代音楽が鳴るかと身構えていた客席も一気にリラックス。リーズ・ドゥ・ラ・サールがベートーヴェンと真っ向から対峙したハ短調ピアノ協奏曲の後は、ブラームス交響曲第1番である。インキネンで対向配置には慣れた日本フィル、大植のテンポやダイナミックス変更や対位法の強調もしっかり応え、細部へのこだわりと大きなパワーを両立させた音楽で聴衆を沸かせる。

 

 止まないアンコールに応え、管打楽器奏者が再登場。マエストロが一振りするやまたまた拍子木が鳴り渡り、外山作品の最後の部分が始まった。日本フィルが「八木節」を奏でるや、大植は指揮台を降り、客席に両手を広げ手拍子を始める。聴衆も立ち上ってオケと一緒に手拍子で応え、大邱コンサートハウスは熱狂の渦。終演後、オーケストラ専用バスの前に初老の男性が待っている。筆者を関係者と悟るや、近寄ってきて、満面の笑みでプログラムの外山の名を示し、熱い握手を求めてきた。

 

11月2日(金)ソウル・ロッテコンサートホール

 いよいよ首都ソウルである。KBS放送の生中継も決まった。あらためて気を引き締めバスに揺られる日本フィル一行だが、途中で工事渋滞に巻き込まれ、ロッテタワー足下の宿に到着したのは開演の4時間半前。休む間もなく、隣のロッテ・コンサートホールに急ぐ。今日は協奏曲がブラームスの1番で、ソリストも地元のムン・ジヨンなのだ。限られた時間の中でこの大作をどこまで作り込めるか、プロ達の真剣勝負が繰り広げられる。

 そんな音楽家達を客席1列目の真ん中で眺め、指揮者やソリストにコメントしているのは、音楽祭芸術監督の作曲家リュウ・ジェジョンである。「毎年特定の国をテーマに、オーケストラから室内楽、声楽まで多彩な音楽を提供しています。」(リュウ)秋の2週間ほど、ソウル市内の様々な会場でほぼ連日開催されるこの音楽祭、今年は10周年を記念し世界各国からひとつずつ団体や音楽家を招聘した。その大編成オーケストラ代表の栄誉を担うのが、日本代表の日本フィルハーモニー交響楽団。日本のオーケストラ事情にも詳しい監督、各団体のキャラクターに触れながら日本フィルの魅力と力を高く評価する。指揮者の大植英次も、バイロイトで接して関心を持った監督の意向とのこと。「日本フィルにはこちらで日本作品を、日本では韓国の作品を演奏してくれるよう頼みました。イサン・ユン作品を演奏して下さったんですよね。」(リュウ)

 午後8時の開演を前にロビーがごった返している。東京からやって来た日本フィル応援団と団員がエールを交わし合う姿も。午後8時、《管弦楽のためのラプソディ》で演奏会が始まり、早くもブラボーが。続くブラームスは、重厚さよりも2楽章の猛烈な弱音が印象的だった。後半、「最高のブラームスをしますからね」とステージに出るマエストロ。楽屋裏では打楽器のメンバーがねじり鉢巻きをし、昨日よりも自在になったブラームスに沸く聴衆を更に熱狂させるべく、準備万端だ。そして、「八木節」にソウルの聴衆も総立ち、今日も総立ち拍手喝采。

 音楽の力に国境はない。日本フィル初の韓国ツアーは、そんな当たり前のことをストレートに判らせてくれた。

 

韓国を沸かせた熱いプログラムはニューイヤーでも!
第226回サンデーコンサート
2019年1月6日(日)14:00
東京芸術劇場